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2024/11
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切灯台に誾千代は火を灯す。部屋に幽かな橙の火が揺れた。
眠りが覚めたのは、部屋に入り込んだ風の冷たさが頬を打ったから。
けれど、目覚めて、風のした方を見ても障子戸はしっかり閉まっており風が入るような隙間はない。不思議に思いつつもうつらうつらしと再び眠りにすーっと落ち込みかけたが、鼓膜が足音を捉えた。
近づいてくるのではない。遠ざかっていく。すぐにそれが誰なのか分かった。

――宗茂か。

と思って、再び眠ろうとしてたが、なぜか眠りが訪れない。
ん・・・と唸って、宗茂に起こされたからだ、とムッとすると同時にハッとする。
あの風は宗茂は部屋に入ってきて、自分が寝ているから出て行ったのだ。
それを当然のことのように思ってしまった自分に、誾千代は驚く。驚いて上半身を勢い良く起こして、クラッとした。

――これは、くるな。

月のものがくる、と誾千代はますます不快になる。
まだ軽く緩いものだが下腹部に鈍い痛みがある。溜息を落として、倒れこむように再び寝具に身を横たえる。
目を瞑り、鈍い痛みを感じながら、なぜ宗茂は部屋に来たのだろうと考える。
考えて、夫婦なのだから当然なのだろうかと他人事のように思う。
そういえば、稽古を始めてからは「妻の役目」とやらをしていない。
別段宗茂も求めてこないし、そんなことをすっかり忘れていた。
宗茂は、寝ていたから諦めた?
初夜のような痛みは薄れた。けれど、慣れることはまだない。
素肌に触られると、その無防備さが怖くなる。なぜ世の女たちは怖くないのだろう。男の手が、唇が体に触れ、体に感じるそれは悦楽にはまだ遠い。けれど、何かが体の芯を貫き、切なくなる。
思わず何かに掴まりたくなって手を伸ばせば、近くにあるのは宗茂の体。
だから、仕方がなくそれを掴み、宗茂を見れば、目が合う。
そこにいるのは余裕のないぎこちないただの若い男。
何事も余裕を持って先を行き、自分を置いていくと思っていた男が見せる余裕のない様子に誾千代は、自分だって余裕がないのに、思わず子供にするように髪を撫でてやる。すると、それに宗茂は安心したように動き始める。



「私は何を――・・・」

何を思い出しているのだ、と爛れた心を清めようと床を抜け出し、切灯台に火を灯した。塗り込められた闇の中にゆらゆらと揺れる橙の灯り。
数瞬、何も考えずにそれをただ見つめた。
見つめながら下腹部に感じる鈍痛と鼓動が同じように高ぶるのを感じた。

「本当は――・・・」


自分が思っているより宗茂は余裕などなく、当然のように宗茂が出来ると思っているものの大半が努力をもって手に入れてものなのかもしれない。

「欲しいものがあったから強くなりたかった」

宗茂はそう言った。

「私は――」

何が欲しいのだろうかと考えれば、欲しいのではなく守りたいのだと思う。
私が守りたいものは立花の誇り。ただそれだけ。
けれど、その為に欲しいものがあるとすれば、それは――。

「宗茂――・・・・の力・・・・」






静かに雨の音が部屋にこもる。
宗茂は、部屋で家老たちから立花家のことをいろいろと教わっていたが、視線をすっ・・・と部屋の奥で珍しくぼんやりとしている誾千代へと移す。
いつもなら何だかんだと誾千代が話し、家老たちがそれを補足するのだが、今日は口出しすらしない。
宗茂が家老たちへと視線を戻せば、彼らも口の端に苦笑のようなものを浮かべる。
一体どうしたのでしょうね、と目で言ってくるので、宗茂はさぁ・・・と薄く笑う。

「誾千代さま、調子でも悪いのですか?」

家臣に問いかけられて、誾千代は首を振る。それから、ひとつ溜息。
そのまま無言で立ち上がると部屋を去っていく。

「どうしたのでしょうか?」
「さぁ、俺にも分からない。腹でも下しているんじゃないのか」

宗茂が笑えば、家老たちも軽く笑う。





差し出された薬湯を誾千代は、一気に飲み干す。
よく効くというその薬湯は、苦いんだが甘いんだかよく分からない微妙な味で、誾千代は苦手だ。それを無理矢理喉に流し込むと、

「月のものも、もう少し年を重ねれば楽になりますよ」

年かさの侍女がにっこりと言うと、誾千代は嫌そうに目を眉をひそめる。

「どれぐらい年を重ねればいいんだ?」
「それは個人差がありますから」
「――便利な言葉だな。個人差とは・・・」

あらあら、不機嫌ですね、それも月のものの特徴ですわよ、と侍女は、ほほほっと笑いながら部屋を出て行く。それを見送って脇息にもたれてうつらうつらしていると、足音がした。重い瞼をゆるゆると持ち上げると、宗茂の姿が目に映った。

「何だこの臭いは?薬?」

誾千代は、脇息に凭れたまま。宗茂は、誾千代の傍らに腰を下ろした。

「体調悪いのか?」

熱でも測ろうというつもりなのか手を伸ばしてきたので、面倒ながら脇息からわずかに身を起こすと、それを軽く払う。

「うるさい男だな・・・」

心配してやったのにとばかりに不快さを宗茂が顔に出したので、

「――男はいいものだな」
「は?」
「こんなものを毎月迎えないといけないのが女だけなんて理不尽だ」
「――あっ、あぁ・・・あれか」

意味が分かったらしい宗茂がそう言うので誾千代がキッと睨めば、ばつが悪そうに誾千代から目を反らした。

「代わってやろうにもこればかりはなぁ・・・」

ぷいっと誾千代は顔を反らす。

「男に生まれたかった」
「誾千代?」
「男同士なら、まだお前ともうまくやれたかもしれないな」
「――・・・うまくやっていないわけではないと俺は思っているが」
「本音か?」
「嘘を言って何になる?」

誾千代は、目の前にある自分を真っ直ぐに見つめてくる光をふたつ、覗き込む。
けれど、それすらもすぐに面倒になって、

「男に生まれたかった」

再び繰り返す。

「不機嫌だな」
「それも月のものの特徴だそうだ」
「――月のものの時以外でも――・・・」

誾千代がキッと睨めば、宗茂はくくくっと笑う。
笑いながら立ち上がると、誾千代が払うより早く誾千代の頭を一回だけ撫でると部屋を出て行った。



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