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「帰ってきてくれてありがとう」

宗茂にそう言われ、誾千代は唇を噛んでうなだれていたが、キッと顔を上げると宗茂を見た。目が合ったかと思うと宗茂の腕を掴む。

「誾千代?」
「寝ろ!」
「はっ?」

ぐいぐいっと宗茂の手を引っ張ると寝具に戻そうとする。

「まだ起きるには早い」
「誾千代?」
「私が添い寝をしたら寝られるのだろう?!だったら、してやるから寝ろ!」

寝ている間は、ほんのわずかでも嫌なことは忘れられるから。
口には出さないが誾千代は心のうちで言葉を繋ぐ。

一方の宗茂は驚いた。
けれど、されるがままに寝具に身を横たえると、至極真面目な顔をした妻の顔が目の前にある。ついつい誾千代の頭を引き寄せて、唇を重ねる。

「――膝を貸してくれ」

宗茂に言われ、誾千代は素直に応じる。
が、誾千代の膝に頭を乗せた宗茂が、楽しそうに笑った。

「何だ?!」
「お前が素直だと薄気味悪いと思ってな」

馬鹿が、と誾千代は宗茂の頭を軽くたたく。
くくくっと笑っていた宗茂だった、いつしか本当に眠ったようだった。







馬鹿が・・・。

宗茂が眠ったことを確認して、再び言う。
梳くように宗茂の髪を撫でる。


――なぜ命じて援軍を出さない。
――なぜ側室を持たない。

なぜ。なぜ、なぜ――。


「お前の優しさが私を追い詰めていることを知っているのか?」




分かっている。
玉砕が分かっている戦に立花の兵を出すわけにはいかないと考えていることも分かっている。
援軍をまったく出さなかったわけではないことも知っている。
「国に報いる義あるのみ」と岩屋城へ援軍へ向かった兵を止めなかった。
それど、その数は二十数あまり。
岩屋城がおちたら、次に狙われるは――立花城。
もうその準備に取り掛かっていることも知っている。
そうなったら誾千代も出陣する覚悟も準備もしてある。


宗茂がしていることはすべて――立花のため。
そして、自分のためのこと。誾千代は分かっている。



だから。


お前だから嫌だったんだ。






 ※




再び目が覚めると、膝枕をしたた誾千代がうつらうつら眠っていた。
動こうにも動けなかったのだろう。
足もしびれているだろう。
悪いことをした、と思った宗茂だったが、同時にいつになくよく眠れたことに感謝した。
普段の誾千代なら決して膝枕などしてくれるはずがない。
嫌がるだろうと思って言った。
けれど、誾千代は応じてくれた。
相当自分が弱ってみえるらしいと宗茂は頬に笑みを浮かべながら、そっと誾千代を自分の寝具に横たえてやる。


確かに堪えている。実の父だから。
けれど、その父が言った「立花家の人間になれ」と。
それに、父が立花城に撤退しないのは――。

この城を守るためでもある。宗茂はそう思っている。
岩屋城が落ちたら次に狙われるのは必然と立花城と決まっている。
そうなる前に、父は――。
猛戦し、島津の力を少しでも削ぎ落とし、時間を稼いでくれている。
父に感謝している。

そして、今、自分が守るべきものを守る。
宗茂は癖のある誾千代の髪を撫でる。

誾千代のあたたかさが、宗茂の手に伝わってきて、じわりと沁みて、それが宗茂に力を与える。


――俺には守るべきものがある。





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