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兄上、と賑やかに弟――幸村が駆け寄ってくる気配に信幸は振り返る。
久しぶりに秀吉の元へ出仕し、挨拶を終えたところだった。
幸村は真田家が豊臣に帰属している証として人質として秀吉に仕えている。人質といっても名目上のものなので気軽なものらしい。
「兄上が来ていると聞いて探しました!」
子供の頃から変わらない笑顔を向ける幸村に信幸は、そうかと答える。
先刻、石田三成と会った。
だから、きっと三成から聞いたのだろうと信幸は思った。
「兄上、これから一緒に―」
「用は済んだから帰る」
えぇー、と幸村が不満の声を上げる。
どういうわけだが幸村は、子供の頃から信幸を慕っている。
兄さえいえば機嫌が良いと言われていた。
年の離れた弟なら可愛いかもしれないが、ひとつ違いでしかない男にまとわりつかれても困る。それに本当は幸村は――。
幸村の不満の声など気にせず、踵を返そうとすると、渡り廊下に奥から石田三成の姿が現れた。
「これは兄上ではないですか」
三成が言う。
信幸は苦笑するしかない。
出仕すると必ずといっていいほどに幸村が「兄上」とまとわりついてくる。
おかげで皆がからかうように信幸を「兄上」と呼ぶ。時に秀吉まで面白がってそう呼ぶのだから信幸にとってはたまったものではない。
つい先刻だって、兄上ではないか、とからかわれたばかりだ。
「三成殿の兄になったことはありませんよ」
そう言ってから、意地悪気な気持ちがわいて、
「文字は上達しましたか?」
にこりと微笑んでみせる。それに三成は、うっと小さく呻く。
三成の字は汚い。時折書状を送ってくるが、それを覗き込んだ稲が小首を傾げて、
「添削して差し上げたら?」
とからから笑ったぐらいだ。
読めないわけではないが、汚い。
ふっと三成の背後に立っている男に目がいった。
面識はあり、挨拶程度は交わすこともある相手だ。
立花宗茂。
西国の無双と言われる美丈夫。
妻の稲がいつだったか、何か言われて怒っていたことがあったが、稲をからかいたくなる気持ちは分かるので、聞き流したら怒られたことがあった。
子供のように頬を膨らませた稲の顔を思い出す。
温純寛厚の人物で、評判はすこぶる良い宗茂に、かまわれて嬉しくないのだろうかと信幸は思ったものだ。
そんな宗茂が面白気に目を揺らして、
「御無沙汰しております、兄上」
「立花殿までおやめ下さい」
宗茂は、にこやかに信幸を見る。
真田家の嫡男。
飄々としたおだやかな人物であるが故にあまり目立たないが、噂を聞くことはある。
上田合戦の折に敵ながらその武勇を惚れ込んだ本田忠勝が娘婿にと望んだと。
けれど、目の前の人物からその武勇を想像するのは難しい。
不思議な男だと宗茂は思う。
何を考えているのか分かりにくい男だが、なぜか皆が慕っている様子なのだ。
自分だってどちらかというと好感を持っている。
そうだ、と三成が突然言う。
「幸村、このふたりの共通点が分かるか?」
「兄上と立花殿の?」
しばし考えた様子の幸村だったが、さぁ・・・と頬を揺らす。
「恐妻家」
文字が汚いと言われた仕返しのつもりなのだろうか。
三成は、信幸ににやりと頬を揺らす。
けれど、その意地の悪い笑みなど信幸は気にもならないのか、さらりと受け流す。
その様子に宗茂は、苦笑する。
けれど、言われてみればそうかもしれない。
戦場で出る妻を持つふたり。
一般的にはそう思われても仕方がないだろう。
けれど、
「うちは恐妻家とは思いませんけどね。彼女はとても可愛い」
宗茂がさらりとのろける。
それを受けて、信幸はただ笑う。否定も肯定もしない。
「お認めになるのですか?可愛い奥方ではないですか」
宗茂に問われ、そうですね、と言ってから、
「――妻は、面白いですね。見てて飽きません」
「兄上の飼い犬のようですからね」
信幸さま信幸さま、とまとわりついてばかりいて邪魔ではないですか、と言う幸村に、「お前が言うな」と信幸が失笑する。それに幸村は不服そうだ。
出仕すれば弟がまとわりつき、帰れば妻がまとわりついてくる。
その様子が想像できるようで宗茂は笑った。
「稲殿が犬ならば、うちは猫ですね」
宗茂が言う。
「こちらがかまおうとすると逃げますが、いつの間にか近くにいる。手を差し出せば知らん振りをするくせに、こちらが引くと寄ってくる」
信幸も誾千代のことは知っている。
毅然とした立ち居振る舞いの彼女は、確かに高貴な猫のようだと言えないこともないだろう。
その時。
何をしている、と声がした。見れば秀吉が気軽にひとり出歩いている。
さすがに驚く4人に、気にすることはないとばかりに秀吉はやんわりと手を揺らす。
「何の話をしていたのだ?」
「真田殿と立花殿の妻が恐妻だと話してました」
三成がそう言うと、秀吉が笑い声をあげた。
信幸と宗茂を交互に見やると、
「誾千代と稲姫か。確かに恐妻だ」
楽しげに笑う秀吉に、信幸はにこりとすると、
「そうですね。けれど、殿下夫妻にはかなわないかと存じ上げます。さすが天下人」
さらっとそんな言ってのける。
下手したら無礼と手打ちになりかけないことをさらりと言う信幸に、宗茂もさすがに驚いた。
けれど、何よりも驚いたのが嫌味な感じがない声音だということ。
何事でもないことのようにさらりと言った。
クッ、と秀吉は、小さく呻いた後に、大声で笑いだした。
「さすが兄上だな」
けらけら笑う秀吉に、一礼すると信幸は、では失礼致しますとにこやかに言うと歩き出す。
思わず宗茂もつられて、信幸の後を追った。しばらくして、
「恐妻家ではなく」
秀吉の笑い声を背後に宗茂が言う。
「愛妻家と言ってもらいたいものですな」
にこりとそんなことを言う宗茂に、信幸はまた微笑むだけ。
待ってください兄上、と幸村が大声をだして追いかけてくるのを、振り向きもせずに信幸は廊下を歩く。
●━●━●━●━●━●━●━●━●━●
信幸さんと宗茂さんは、お互いにあの妻なら大変だろうなと思ってそう。
信幸×誾千代はうまくいきそうで、宗茂×稲はうまくいかない気がする。
三成さんの直筆の手紙を見たとき、噂では聞いてましたが現代の私でも「大丈夫かよ、これ」と思った悪筆でした。(書道をずっとやっているので一応読めましたが)
久しぶりに秀吉の元へ出仕し、挨拶を終えたところだった。
幸村は真田家が豊臣に帰属している証として人質として秀吉に仕えている。人質といっても名目上のものなので気軽なものらしい。
「兄上が来ていると聞いて探しました!」
子供の頃から変わらない笑顔を向ける幸村に信幸は、そうかと答える。
先刻、石田三成と会った。
だから、きっと三成から聞いたのだろうと信幸は思った。
「兄上、これから一緒に―」
「用は済んだから帰る」
えぇー、と幸村が不満の声を上げる。
どういうわけだが幸村は、子供の頃から信幸を慕っている。
兄さえいえば機嫌が良いと言われていた。
年の離れた弟なら可愛いかもしれないが、ひとつ違いでしかない男にまとわりつかれても困る。それに本当は幸村は――。
幸村の不満の声など気にせず、踵を返そうとすると、渡り廊下に奥から石田三成の姿が現れた。
「これは兄上ではないですか」
三成が言う。
信幸は苦笑するしかない。
出仕すると必ずといっていいほどに幸村が「兄上」とまとわりついてくる。
おかげで皆がからかうように信幸を「兄上」と呼ぶ。時に秀吉まで面白がってそう呼ぶのだから信幸にとってはたまったものではない。
つい先刻だって、兄上ではないか、とからかわれたばかりだ。
「三成殿の兄になったことはありませんよ」
そう言ってから、意地悪気な気持ちがわいて、
「文字は上達しましたか?」
にこりと微笑んでみせる。それに三成は、うっと小さく呻く。
三成の字は汚い。時折書状を送ってくるが、それを覗き込んだ稲が小首を傾げて、
「添削して差し上げたら?」
とからから笑ったぐらいだ。
読めないわけではないが、汚い。
ふっと三成の背後に立っている男に目がいった。
面識はあり、挨拶程度は交わすこともある相手だ。
立花宗茂。
西国の無双と言われる美丈夫。
妻の稲がいつだったか、何か言われて怒っていたことがあったが、稲をからかいたくなる気持ちは分かるので、聞き流したら怒られたことがあった。
子供のように頬を膨らませた稲の顔を思い出す。
温純寛厚の人物で、評判はすこぶる良い宗茂に、かまわれて嬉しくないのだろうかと信幸は思ったものだ。
そんな宗茂が面白気に目を揺らして、
「御無沙汰しております、兄上」
「立花殿までおやめ下さい」
宗茂は、にこやかに信幸を見る。
真田家の嫡男。
飄々としたおだやかな人物であるが故にあまり目立たないが、噂を聞くことはある。
上田合戦の折に敵ながらその武勇を惚れ込んだ本田忠勝が娘婿にと望んだと。
けれど、目の前の人物からその武勇を想像するのは難しい。
不思議な男だと宗茂は思う。
何を考えているのか分かりにくい男だが、なぜか皆が慕っている様子なのだ。
自分だってどちらかというと好感を持っている。
そうだ、と三成が突然言う。
「幸村、このふたりの共通点が分かるか?」
「兄上と立花殿の?」
しばし考えた様子の幸村だったが、さぁ・・・と頬を揺らす。
「恐妻家」
文字が汚いと言われた仕返しのつもりなのだろうか。
三成は、信幸ににやりと頬を揺らす。
けれど、その意地の悪い笑みなど信幸は気にもならないのか、さらりと受け流す。
その様子に宗茂は、苦笑する。
けれど、言われてみればそうかもしれない。
戦場で出る妻を持つふたり。
一般的にはそう思われても仕方がないだろう。
けれど、
「うちは恐妻家とは思いませんけどね。彼女はとても可愛い」
宗茂がさらりとのろける。
それを受けて、信幸はただ笑う。否定も肯定もしない。
「お認めになるのですか?可愛い奥方ではないですか」
宗茂に問われ、そうですね、と言ってから、
「――妻は、面白いですね。見てて飽きません」
「兄上の飼い犬のようですからね」
信幸さま信幸さま、とまとわりついてばかりいて邪魔ではないですか、と言う幸村に、「お前が言うな」と信幸が失笑する。それに幸村は不服そうだ。
出仕すれば弟がまとわりつき、帰れば妻がまとわりついてくる。
その様子が想像できるようで宗茂は笑った。
「稲殿が犬ならば、うちは猫ですね」
宗茂が言う。
「こちらがかまおうとすると逃げますが、いつの間にか近くにいる。手を差し出せば知らん振りをするくせに、こちらが引くと寄ってくる」
信幸も誾千代のことは知っている。
毅然とした立ち居振る舞いの彼女は、確かに高貴な猫のようだと言えないこともないだろう。
その時。
何をしている、と声がした。見れば秀吉が気軽にひとり出歩いている。
さすがに驚く4人に、気にすることはないとばかりに秀吉はやんわりと手を揺らす。
「何の話をしていたのだ?」
「真田殿と立花殿の妻が恐妻だと話してました」
三成がそう言うと、秀吉が笑い声をあげた。
信幸と宗茂を交互に見やると、
「誾千代と稲姫か。確かに恐妻だ」
楽しげに笑う秀吉に、信幸はにこりとすると、
「そうですね。けれど、殿下夫妻にはかなわないかと存じ上げます。さすが天下人」
さらっとそんな言ってのける。
下手したら無礼と手打ちになりかけないことをさらりと言う信幸に、宗茂もさすがに驚いた。
けれど、何よりも驚いたのが嫌味な感じがない声音だということ。
何事でもないことのようにさらりと言った。
クッ、と秀吉は、小さく呻いた後に、大声で笑いだした。
「さすが兄上だな」
けらけら笑う秀吉に、一礼すると信幸は、では失礼致しますとにこやかに言うと歩き出す。
思わず宗茂もつられて、信幸の後を追った。しばらくして、
「恐妻家ではなく」
秀吉の笑い声を背後に宗茂が言う。
「愛妻家と言ってもらいたいものですな」
にこりとそんなことを言う宗茂に、信幸はまた微笑むだけ。
待ってください兄上、と幸村が大声をだして追いかけてくるのを、振り向きもせずに信幸は廊下を歩く。
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信幸さんと宗茂さんは、お互いにあの妻なら大変だろうなと思ってそう。
信幸×誾千代はうまくいきそうで、宗茂×稲はうまくいかない気がする。
三成さんの直筆の手紙を見たとき、噂では聞いてましたが現代の私でも「大丈夫かよ、これ」と思った悪筆でした。(書道をずっとやっているので一応読めましたが)
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