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見ている方向が違う、と稲は思う。
互いに背を向けあいながら、逆方向を見ている夫婦。
稲は、尊敬する父、本多忠勝の娘として「生きて、殿を守り、仲間を守り、民を守り、その中のみ誇りは守れる。その為には傷つくことも許されない」という教えの元、徳川の養女としての未来を見据える。
信幸は、真田家の嫡男として、真田家存続の未来を見据える。
けれど、互いに背を向けながら、違う方向を見ながらも、互いの手は離さない。
背を向けられるのは、そこに確かな信頼があるから。そんな夫婦関係。
沼田城に戻ってきた信幸は、稲の話を聞いて笑った。
本当に楽しそうに声をあげて笑った。
「それは見たかった。あの父の悔しそうな顔など私は見たことがない」
それに稲が、短く切るような息をついた。
「信幸さまは――」
夫を、じっと見つめて、
「幸村と、袂を別ってもよろしいのですか?」
と訊ねれば、信幸は笑いを止め、なぜそんなことを問われなければいけないのか不思議そうに稲を見る。
「親兄弟で敵対することなど珍しくない」
「それは、そうですけれど・・・」
「私が誘っても幸村はこちらへ来なかった。幸村にとって逆にこれはいい機会でしょう」
「いい機会?」
問いかけて、唇を閉ざす。
あぁ、夫も知っていたのか、幸村の想いを――。
心のひだを確かに揺らしたはずの驚きは、稲の唇にも頬にも上がることなく、不思議と心の底にすとんと落ちた。
「幸村は――、きっとこれで自分の道をいくことが出来るようになる」
「自分の道、ですか?」
「幸村の信じる義を重んじた道」
「それが仮に破滅への道だとしても、信幸さまはよろしいのですか?」
「結果は分からない。幸村はああ見えて激しい感情の持ち主だ。その激情のまま、いくのもいいでしょう」
「いく・・・?」
それは「逝く」でしょうか、と稲は問いたい気持ちを抑えた。
「稲、貴方もそうですが私は――」
信幸は一度言葉を区切り、改めて妻を真っ直ぐに見つめる。
「何をしても構いません。ただ、そこにいてくれさえすればいいのです」
幸村は、耳を刺すような不快なざわめきに目を覚ました。
幸村は今、戸石城にいた。
あぁ、寝てしまっていたのか――とあたりと満たす重い気配に心を気だるく浸していると、父からの文が目に入った。それを手に取り、広げる。
あれから、信幸は徳川秀忠軍と合流し、上田を攻めようとしているらしい。
そこで信幸は、降伏せよと説得するよう命じられ、国分寺で父子は再会したらしい。
その時のことが書かれている。
もちろん、昌幸に降伏という選択肢はない。
文には信幸は元気そうだったと書かれている。
幸村が溜息を落とした時、廊から慌しい足音が聞こえてきたかと思えば、幸村のいる部屋の前で止まった。
「どうかした?」
障子戸を開き、家臣を見れば書状を渡してきた。それを受け取り、広げた幸村の眉根が歪む。
「そういうことか・・・」
信幸からの書状。
幸村のいる戸石城は、上田城を攻めることになるならば、その支城として後詰めとなる最適な場所である。
その戸石城を攻めを、信幸が命じられたらしい。信幸は、城を明け渡せ、と書いてきている。
「――・・・兄弟で争わせるとは・・・」
幸村の唇から、苦笑が洩れて落ちた。
【戻る】【前】【次】
互いに背を向けあいながら、逆方向を見ている夫婦。
稲は、尊敬する父、本多忠勝の娘として「生きて、殿を守り、仲間を守り、民を守り、その中のみ誇りは守れる。その為には傷つくことも許されない」という教えの元、徳川の養女としての未来を見据える。
信幸は、真田家の嫡男として、真田家存続の未来を見据える。
けれど、互いに背を向けながら、違う方向を見ながらも、互いの手は離さない。
背を向けられるのは、そこに確かな信頼があるから。そんな夫婦関係。
沼田城に戻ってきた信幸は、稲の話を聞いて笑った。
本当に楽しそうに声をあげて笑った。
「それは見たかった。あの父の悔しそうな顔など私は見たことがない」
それに稲が、短く切るような息をついた。
「信幸さまは――」
夫を、じっと見つめて、
「幸村と、袂を別ってもよろしいのですか?」
と訊ねれば、信幸は笑いを止め、なぜそんなことを問われなければいけないのか不思議そうに稲を見る。
「親兄弟で敵対することなど珍しくない」
「それは、そうですけれど・・・」
「私が誘っても幸村はこちらへ来なかった。幸村にとって逆にこれはいい機会でしょう」
「いい機会?」
問いかけて、唇を閉ざす。
あぁ、夫も知っていたのか、幸村の想いを――。
心のひだを確かに揺らしたはずの驚きは、稲の唇にも頬にも上がることなく、不思議と心の底にすとんと落ちた。
「幸村は――、きっとこれで自分の道をいくことが出来るようになる」
「自分の道、ですか?」
「幸村の信じる義を重んじた道」
「それが仮に破滅への道だとしても、信幸さまはよろしいのですか?」
「結果は分からない。幸村はああ見えて激しい感情の持ち主だ。その激情のまま、いくのもいいでしょう」
「いく・・・?」
それは「逝く」でしょうか、と稲は問いたい気持ちを抑えた。
「稲、貴方もそうですが私は――」
信幸は一度言葉を区切り、改めて妻を真っ直ぐに見つめる。
「何をしても構いません。ただ、そこにいてくれさえすればいいのです」
幸村は、耳を刺すような不快なざわめきに目を覚ました。
幸村は今、戸石城にいた。
あぁ、寝てしまっていたのか――とあたりと満たす重い気配に心を気だるく浸していると、父からの文が目に入った。それを手に取り、広げる。
あれから、信幸は徳川秀忠軍と合流し、上田を攻めようとしているらしい。
そこで信幸は、降伏せよと説得するよう命じられ、国分寺で父子は再会したらしい。
その時のことが書かれている。
もちろん、昌幸に降伏という選択肢はない。
文には信幸は元気そうだったと書かれている。
幸村が溜息を落とした時、廊から慌しい足音が聞こえてきたかと思えば、幸村のいる部屋の前で止まった。
「どうかした?」
障子戸を開き、家臣を見れば書状を渡してきた。それを受け取り、広げた幸村の眉根が歪む。
「そういうことか・・・」
信幸からの書状。
幸村のいる戸石城は、上田城を攻めることになるならば、その支城として後詰めとなる最適な場所である。
その戸石城を攻めを、信幸が命じられたらしい。信幸は、城を明け渡せ、と書いてきている。
「――・・・兄弟で争わせるとは・・・」
幸村の唇から、苦笑が洩れて落ちた。
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