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ぱたぱたっと足音が聞こえたかと思えば、障子戸がいきなり開かれる。

「あのコね、落ち着いたって」

そんな声に、部屋で寝そべっていた宗茂は、瞼を薄く開く。目の前に、弟の千若丸の顔がある。

「母上が呼んでる。どこの誰なの、だって」
「知らない」
「ふーん」

千若丸は、少し含みのある声で、唸った。
宗茂は、半身を起こして、あくびをひとつ。
屋敷に連れ帰ったはいいが、少女の苦しそうな様子に屋敷中が騒ぎになった。医師を呼んだり、ひどい汗だから着替えを、という騒ぎを尻目に宗茂は、自分に出来ることはないので自室に下がった。
眠るつもりはなかったが、結局うとうととまどろんでいたらしい。
千若丸が、開いたままにした障子戸の外を見れば、ついさっきまで真夏を思わせる暑さを満たしていたと思った空が、透き通った暮色に、じわりじわりと染め変わっている。

「兄上!」

千若丸に立ち上がれとばかりに手を取られて、ふと思い出す。
少女の体系は、この千若丸より少し大きいぐらい。この千若丸をおんぶだって出来るのに、なぜ抱きかかえられなかったのか。思い出せば悔しさも蘇る。

 ※

「――立花・・・、誾千代」

母が呼んでいる、と言っていたが、その部屋に行くより前に、いつの間にか屋敷に戻っていた父に呼ばれた。そして、もう既に、あの少女の素性が分かったらしく、その名前を聞いて、宗茂はぱちくりと瞬きをした。

「では、道雪さまの?」
「そうだ」

立花誾千代。その名前は知っていた。
父―高橋紹運と同じく大友氏に仕える立花道雪のひとり娘で、道雪に男子がない為に、7歳で家督を継いだ。
けれど、なぜその誾千代が――?
浮かんだ疑問を、宗茂が眉根に乗せれば、紹運が軽く笑う。

「以前から、誾千代殿の婿を高橋から、と打診を受けていた」
「えっ・・・」
「その話を道雪殿が、誾千代殿にしたらしく、偵察に来たという訳だ」

紹運は、クククッと喉を揺らして笑う。
屋敷を抜け出して、ひとりで偵察に出たはいいが、陽射しと空腹で動けなくなってしまったらしい。
なんて無謀なことをする女なのだろう、と宗茂は思いつつ、自分の隣でちょこんと座っている弟に、視線を滑らせる。
自分は高橋家の嫡男である。だから、婿養子にいくとすれば――。千若丸は、事情が読み込めていないのか、兄の視線に小首を傾げている。
そんな息子たちを、紹運は見つつ、

「いや、千若丸ではない。宗茂、お前だ」
「?!」
「年回りも丁度良く、道雪殿はお前を気に入っている」

宗茂は、まずは驚きが言葉にならない様子で目を見張っていたが、やがて、

「父上は?父上は、それでいいのですか?」
「お前はどうだ?」

問いを問いで返されて、宗茂は黙る。
ようは、お前の意思に任せる――ということだろうと宗茂が受け止め、考える。
考えるが、あまりに唐突のことで、結論など出る訳はない。
黙ってしまった宗茂に、紹運は、

「まだ時間はある」

と言うので、

「自分が断れば、千若丸がいくのですか?」
「そうなるかもしれないな」

千若丸は、父と兄を交互に見上げて、不思議そうにしている。
あの少女と、千若丸が――。
なんだか合わないだろうな、と宗茂は思う。
だからといって――。
肝のすわった、ふてぶてしい――瞳の底に、そんな鈍い光を持っていた、あの時の誾千代の目を思い返す。

「立花誾千代ね・・・」

呟いて、何か心に引っ掛かるものを感じてはいる宗茂だった。


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