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「汗で体の塩分が出てしまったところに、真水は駄目なの」

少女――誾千代が言う。
医師か、宗茂の母から聞いたであろう知識を、さも自分はずっと前から知っていましたとばかりに話す。
そんな誾千代に、宗茂は真っ直ぐに視線を合わせてみる。
その視線を誾千代は、怯むことなく受け入れる。人を睨んでいるような、妙な力と――何か気持ちを落ち着かせないものにする、不思議な何かを持つ目だと宗茂は思う。

「塩を少しと砂糖を少し多めに、水に混ぜないと駄目」
「へー」
「塩は分かる。でも、砂糖は不思議ではない?一緒に取らないと体が塩分を吸収出来ないなんて」
「ふーん・・・」

よく喋る女だな、と宗茂は思いつつ、適当に相槌をうつ。
助けられた礼がしたい、と云っている聞いて、誾千代が寝かされている部屋に足を運べば、礼ではないことをつらつらと喋っている。
着替えさせられた誾千代が着ているものは、元服前に自分が着ていたものだ。千若丸はまだ小さくて着れないが、宗茂が着ていたのは大分前のこと。
見た感じ軽そうな、こんな女の子すら自分は抱きかかえれないのか。
宗茂は、もっともっと体を鍛えなければいけない、と視線を下げて自分の腕を見る。
が、しかし、宗茂がそんなことを考えていることなど、何も知らない誾千代が、反応の薄い宗茂が面白くないのか、

「ちゃんと聞いている?!」

と尖った声をあげるので、顔を上げた宗茂が、

「聞いてるよ」

面倒そうに答えるのが、ますます気に入らないらしく、眉がつり上がる。

「人がせっかく教えてあげているのに」
「教えているつもりだったのか?」

驚くよりも呆れた。
宗茂の反応に、誾千代がほんのわずか、目を見張るので、

「礼が言いたいと云っていると聞いて俺は来た。なのに、お前は関係のないことをつらつらと言うばかりで、肝心なことを口にしない」
「それは・・・」
「礼を言うことも出来ない餓鬼か?」
「――っ、あなただって餓鬼じゃない」
「餓鬼じゃない!もう元服している」
「年はいくつも変わらない!私はもう家督を継いでいるわ!」
「形ばかりだろう!」

誾千代は、唇に噛み締め、それから、ぎゅっと手を握った。
怒らせたか、泣くか――と内心びくっとしたが、そんなことは顔に出さず、宗茂は誾千代を見据える。
しばらく睨みあうように視線を合わせていたが、やがて、

「――・・・」

誾千代が唇を開きかけたその時。
屋敷の門前付近が騒がしくなったのが分かり、宗茂はそちらに気を取られた。
騒ぎになっているだろう立花家に、知らせを走らせたので、きっと迎えが来たのだろう。
慌しく走るような足音が、近づいてくる。
やがて、一声あって開かれた障子戸から、

「誾千代さま!」

という声をとともにひとりの男が顔を出す。
その男は、宗茂の存在に気付かない勢いで誾千代に駆け寄ると、

「探しましたぞ」

と怒っているにも泣いているようにも聞こえる声をあげる。
それに誾千代は、つんと唇を尖らせながら、ちらり宗茂を見る。
邪魔なのだろう――と分かったが、礼を言われることもなくこのまま下がるのも釈然としないが宗茂は、立ち上がる。そこでやっと男は、宗茂の存在に気付いたのか、弾かれるように振り返って、誾千代の代わりとばかりに礼を言うが、その目はどこか自分を探っているようなので、それで宗茂は「立花家が自分を婿に望んでいる」らしいことを思い出す。
背筋を伸ばして、宗茂はその男に、

「今日はもう遅いのでお泊り下さい。今、準備させます」

と言うと部屋を後にする。
廊に出る少し前に、誾千代を横目で見れば、ぱっと視線を反らされた。

(やっぱり餓鬼じゃないか)

宗茂は内心笑いつつ、部屋を出たが、しばらくしてすぐ。
ふぇ・・・と泣き声がして、振り返る。
あたりはとっぷりと夜に染まり、昼間の暑さが嘘のような冷たい風が肌を這っていく。閉じられた障子戸の影が、誾千代が泣いていることを映し出している。

「――・・・・」

きっと勢いだけでひとりで屋敷を抜け出したのだろう。
そして、熱中症で倒れ、知らない屋敷にひとり置かれて――心細くないわけがない。
ベラベラと喋っていたのも、素直に礼を言えないでいたのも、もしかして、心細さ、寂しさを押し隠すため?

「――やっぱり餓鬼じゃないか」

宗茂は、ふっ・・・・と笑いを浮かべつつ、

(いや、素直に礼を言えないのは性格だろう)

と思う。


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