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2024/11
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翌朝、静かな雨が降っていた。
明け方からいつの間にやら振りだしていたらしい。
信之は、障子を背に、ぼんやりとその雨を見つめていた。
そんな兄に幸村は、近づくと、

「雨がやんでから出たほうが」

雨の中に帰るのは止めた方がいいと言ったが、

「いや、駿府――、大御所様に呼ばれてる」

面倒だがな、と呟いて顎を反らした信之の頭が、コツンと障子にぶつかった。

「……」

大御所――家康か、と幸村の瞳の奥が、ゆらりと燃える色が灯ったのに気付いた信之が、わずかに笑った。どこか冷めた感じのする笑みだった。

「体調不良で寝込んでいることになってるから、まぁ、どうにか誤魔化せるが、赦免の為にも行くべきだ」
「…」
「幸村、もう戦を知らない世代が増えている。彼らには戦はもう夢物語だ」
「嘆かわしいですね」
「そうか?亡きお館様も泰平の、戦のない世を目指したのではないのか?豊臣の時代の戦のない頃は嘆かわしい時代だったか?」
「兄上?」
「まぁ、朝鮮への出兵はあったか」

何か言いかけた幸村だったが、それを信之が目で制す。

「その世代に槍などを教えようと思わないか?」
「え?」
「以前に信吉…、孫六郎と言った方が分かりやすいか。孫六郎に教えた時、楽しそうだったと稲が言っていたが」
「それは甥だからですよ」
「向いていると思うのだが。お前の武があれば学びたい者は多い」
「……」
「ダメか?今すぐに答えは出さずとも良い」

昨夜、甥の補佐をして欲しいと言い、今は槍術を教える道を示す兄に、幸村はぐっと下唇を噛む。
赦免はないのに、生き方を示唆してくる。

「立花殿は、豊臣への恩はもう関ヶ原の折に返したと言ったが、お前もそれくらい単純に考えて欲しいものだ」
「私は……」

本当に再起を果たしたいのか幸村には、正直分からない。
徳川に従いたいとは思えないのだ。
それに、

「三成殿が言ってました。兄上は天下とは煙に巻くような言葉だと言った。そして兄上には煙の正体が分かっているのかもしれないと」
「分かるわけないだろう。ただ」
「ただ?」
「三成が豊臣の世しか見ていないことは分かった。三成の見ていた先にある豊臣が、秀吉公亡き後……いや、存命中から秀次様の件など煙の火種を増やすだけだと思っていた。自ら将を犠牲にする豊臣と、主の為に将が自ら犠牲となる徳川。私は徳川を選んだ。お前に勝ち目のない友を見捨て、強者に寝返る者と言われても」
「……」

その時、雨音に混じり、足音がした。信之の家臣の右近だ。

「殿」
「ああ、分かっている。予定に変わりはない」
「承知しました」

信之の声音が、変わった。藩主の顔になったのだと幸村は感じた。
これから駿府に行く。
自分には分からない政治的な駆け引きが、あるのだろう。

あの時。
三成の挙兵を知ったあの時。

「たとえ兄上と敵味方となろうとも!」

そう豪語したが、今は―。
今の自分は信之の味方なのか、敵なのか。
自分がこれからどうしたいのか?

ただ――。
兄の優しさは深く柔らかいが、どこか自分を苦しめる。

お前の勝ちだ、そう笑った少年の日の兄の微笑みが頭に浮かび、のぼってきた何かが唇に苦笑として浮かんだ。

その苦笑を張り付けたまま、幸村は兄を見送る。


信之が九度山から帰ってしばらくして、昌幸が逝った。
嫡男に会えて思い残すことは亡くなったのかもしれない。
幕府から昌幸の葬儀の許可が降りないなど、また信之が奔走してるらしいと聞いた。

幸村は昌幸が残したものを片付けながら、例の昌幸が描いた大坂城の地図に、兄の字を見つけた。
川の位置が訂正されており、いわれてみれば確かにそうだったかもしれないと思う。

「秀頼公と家康の対面が不調和に終わり、戦が起きたらどうする?」

耳元で父の声がした気がした。

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