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関ヶ原では徳川についた秀吉恩顧の者も、ひそかに豊臣の行く末を案しており、つつがなく終わった会見に安堵感すらあったのだが、しばらくしてどうやら雲行きの怪しさが漂い始めた。
家康から書状が届き、しばし考えて信之は、ある人を呼びだした。
上田の藩主屋敷の執務室。
「久しいな、与右衛門」
「本当に」
にっこりとほほ笑む従兄弟――与右衛門は、昌幸の兄・信綱の息子だ。
今は立場はあれど、ふたりとなるとただの従兄弟として普段は接している。
「何かあったのか?」
信之が何やら放つ重い空気を与右衛門は、不思議に思ったように首を傾げたので、
「頼みたいことがある」
そう言えば、姿勢を正して真っ直ぐに信之を見る。
自分もこんな顔をしていたのだろう、と与右衛門を見て、信之は思った。
家康に言われた言葉。
「今後の成り行き次第で、豊臣と内通して欲しい。」
それを伝えた。
驚き過ぎたのか言葉を発しない与右衛門に、
「まずは成り行き次第だ。関ヶ原の折に、西軍についた身内がいる者ということで真田が選ばれたのだろう」
「なぜ俺なんですか?」
やっと言葉が出たらしい与右衛門だが、掠れた声をしていた。
「親族であることと、今の真田家に不満を持っているという話を作りやすいと考えた」
「俺、不満なんてちっともないけど」
「そう。だから、信頼して任せられると思っている。真田の当主だった信綱伯父上たちの死後、武藤家の養子となっていたにも関わらず真田の家督は、父の昌幸が継いだ。信綱叔父上に与右衛門。そなたたちのように子供がいたにも関わらず」
「いや、仕方がないだろう。勝頼様の采配もあったらしいし、なにより俺は子供だった。そんなことを不満に思ったことない!」
強い口調で言った与右衛門だけどすぐに、
「けど、・・・そうか、それをずっと不満に思っていたということにすれば出奔しやすいのか」
納得したように言う。
「すまない。命の危険もある任務だとは分かっている」
「・・・」
「事態はどうなるか分からないが、真田家には戻れないと思う。大御所様と相談の上、おそらく昌輝伯父上の息子である信正殿が大御所様の孫にあたる松平忠昌様に仕えているので、その縁でそちらにいってもらうこととなると思う」
「それはいいんだけど・・・、幸村は…九度山を抜けて、大坂城に行くと思ってるのか?信之も大御所様も?」
「……幸村は、どこまでもまっすぐ…己の信念に死す男よ。」
「え?」
「亡きお館様の言葉だ。私もそう思っている。」
「……」
「幸村は、私に赦免について言ってきたことは一度もない。徳川に仕える意思はないのだろう。息子の補佐をして欲しい、戦を知らない世代に槍を教えて欲しい。私の願いを幸村は受け入れない」
「……九度山に行ってくる。叔父上の弔いもあるし、…多分そのまま…。信之と叔父上亡き後に、家督のことで揉めたとか、そういったことにして」
「ああ。頼む。他にこちらの連絡係を決め、細かいことは知らせる」
分かった、と与右衛門は言うと立ち上がる。
そして、信之を見下ろしながら、
「もし幸村が大坂入りしなかったら?」
「それならそれでいい。」
与右衛門、と信之は、顔を上げる。
「信じられないかもしれないが、大御所様は幸村の大坂入りはないと信じているのだ。」
「え?」
「複雑なのだ、上に立つ人は。豊臣も滅ばすことはなく済むなら、そうしたい。兄の除命嘆願で命を救われた弟が、兄を裏切ることはない。大坂入りをしても兄に情報を流す。」
「…天下人がなんと楽観な」
そうだな、と信之は笑う。
「私は、幸村は、どこまでもまっすぐ…己の信念を貫くを思っている。そういう男だ。与右衛門」
信之は、音もなく立ち上がると、ひどく落ちついた目で与右衛門に近付き、
「大坂入りしたら、私が望むのは幸村の孤立化だ。内通の噂が出るように動いて欲しい。幸村の武を弱体化させる」
「……」
「最低な兄だと思うか?」
苦しみの奥から押し出したような言葉に、与右衛門は見つめた後。
関ヶ原以前の兄弟を、思い出す。
そして、それを振り払うように瞬きをして。
真田の血の為に冷静に策を巡らす信之に、そして、それにこだわった昌幸に、
「真田の血の為だ」
そう言ってやる。
真田信綱の息子として、今の真田家の当主の血を守る。