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「カササギというそうです」
直次がそう言った。
カササギ?と言った宗茂に、直次は地面に「喜鵲」と小枝で描く。
「七夕伝説に絡む鳥で、日本にはいない鳥だそうですから、義姉上が見たのは違う鳥でしょうね」
「お前、この状況でよくそんな話ができるな」
出陣直前。
しかも、先陣なのだ。
緊張と興奮の中、どこか浮かれた様子も入り混じった不思議な熱気に満ちている。
「万が一、死ぬる前にお伝えすべきかと思いまして」
「――・・・死ぬ気か?」
「元より一度死を覚悟した身ですので、言うべきことを言う大切さを身に沁みて知っております」
直次は、岩屋城の戦いの後、島津軍の捕虜になっていた時期がある。
それを知りつつ宗茂は、島津軍を攻めた。
弟の身に危険が降りかかるかもしれないことは分かっていたが、攻めた。
けれど、直次はそれを非難しているわけではない。
兄はもう高橋の人間ではなく立花の人間なのだから当然の判断だったと言う。
「稲につく害虫を食べるらしいので連れ帰っても実用的ではないでしょうか?」
「よく調べたな」
「捕虜の中に詳しい者がいただけですよ」
それと、と直次はふっと目を優しく細める。
「つがいの関係は生涯続くそうです」
「律儀な鳥だな」
「片方が死ぬと、もう片方も死ぬことがあるそうなのでお気を付けて下さい」
「どういう意味だ?」
「けれど、片方が死ななければ、もう片方も死ぬこともない」
「直次?」
「まるでどこかの誰かさん達のように思いましたよ」
直次は、もう何も言う気がないとばかりに唇を閉ざすと、じっと先方を見据えている。
武人の顔となった弟に、宗茂もそれ以上何も言わない。
宗茂も厳しい顔となって、夜明け前の空を見据える。
次第に明けてくる空は、淡い光を放とうとしている。
しばらくして、宗茂は出陣を告げる。
出陣の儀式が始まり、皆の戦意が促され、旗が掲げられた。
加藤清正が朝鮮で生け捕りにしてきた虎や、珍しい象がいるから見においで。
誾千代が受け取った文は、まるで娘を呼ぶような親しみが込められていた。
誾千代とて暇な身ではない。
一度はそれを理由に断ったが、すぐにまた返事が来た。
忙しいからこそ、たまの息抜きが必要だろう、という内容だった。
再三にわたる天下人の呼び出しを無下にも出来ない。
象は見たことがある。
まだ父が存命だった頃、南蛮との交易に熱心だった主君だった大友宗麟が見せてくれたことがある。子供が喜ぶと思ったのだろう。喜んで宗茂と見に行ったものだ。
大友宗麟という人間は、喜怒哀楽の浮き沈みが激しかった。
だから、それ故に父は心配で、忠節を尽くしたのだろうと思う。
不思議な魅力のある人でもあった。
先日届いた宗茂からの文を、文箱から取り出すと、じっと眺めた。
ほぉ・・・と溜息を落とした後、筆を取ると、
ないしものやむ君をば打ち靡く風が霧り舞う朝風
そうしたためて宗茂に送るように家臣に文を預ける。
それから、庭で出ると、そっと空を見上げる。
この空は――。
この空は朝鮮にも続いている。
同じものを宗茂も見ているのだろうか?
ふとそんな感傷に浸った自分を可笑しく感じ、誾千代は頬に薄い笑みを浮かべる。
「私らしくもない・・・」
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和歌は私が作ったので変ですが許してくださいませ。
「何に靡くか気に病んでいるのか知らないけど
そんなものは霧に舞う朝の風のように消えてしまう」
という意味合いのつもりです。