×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「後悔していないか?」
宗茂の発した言葉の行方を追いかけるように誾千代は瞳を動かしたけれど、その先に見つけた雨音に、
「雨だな・・・」
と言うだけ。
宗茂は、誾千代の膝に頭を置いて横たわり、その宗茂の髪を透くように誾千代が触るのを自由にさせている。
軒破から落ちる雫越しに、秋の寂しげな緑が、みるみる冷たい色に濡れ返られていく。雨音が沈黙を呑み込んで、わずかの間、時が止まったように感じられた。
止まった時に、その声を滲ませたまま、
「よく逃げられたものだな」
宗茂は誾千代を見上げて、そして、
「何もかも失ったな」
自嘲気味に頬を揺らすが、悲哀は感じられない。
誾千代は、宗茂の髪に触れていた手を、彼の頬にあてる。
「すべてを失ったわけではない」
「――・・・けれど」
「お前がいる」
それだけで私はいい。お前さえいてくれたらそれでいい。
「俺だから嫌だったんじゃないのか?」
意地悪気ににやりと笑う宗茂の頬をつねながら馬鹿者と笑うと、
「そうだ。お前だから嫌だったんだ。今でも嫌だ――お前なんか」
風にすぐさま落ちてしまいそうな意地っ張りな矢を言葉にかえて射るが、頬に浮かべているのは微笑み。宗茂は手を伸ばして、誾千代に口づけを乞う。
――明日、この柳川城を出なければならない。
あれから――。
血の臭いのする中、白刃が弓矢が頭上を駆け抜ける中、どうにか立花領の柳川まで逃げ延びることが出来た。
けれど、宗茂も誾千代も無傷とはいかなかった。
領地に戻り、柳川城で留守居をしていた家臣たちの顔を見、誾千代の怪我の具合を聞き、安心したのだろうか?
宗茂は高熱を出した。
致命的な傷はなくとも、全身に無数の怪我を負えば、身体が菌の増殖を防ぐのに発熱するのは当然のこと。
「私のせいだ・・・、ずっと・・・私を庇っていたから」
誾千代がそう言うのを、家臣がなだめている声が聞こえた。
違う、と言ってやりたいの声にならない。
宗茂を、背筋が凍りつくのではないかと思うような寒気が全身に襲う。
視界が不明瞭に揺れる。
それなのに、誾千代の顔だけはしっかりと見えた。
高熱が宗茂の夢と現実の境を溶かしていくようだ。
――空白。やがて、白濁。
眠っていたらしく、ふっと目が覚めたのは真夜中だった。
頬と額にやさしいものが触れた。
鉛のように重くなってしまった体で、ゆっくりと瞼を開けば、誾千代だ。
それから、何度も何度も夢と現実の間を行き来した。荒い息をつき寒さに震える。
夢から現に戻った時、誰かの腕に閉じ込められるのを感じた。
これは誾千代の腕だ。
相変わらず華奢な身体が、宗茂を素肌のまま抱きしめていた。
誾千代は、着ているものを脱ぎ捨てて宗茂を抱きしめた。
身体はまだ重く、鈍い熱を感じつつも、背筋を這う冷たさは消えていた。
夢うつつにずっと聞こえていたような気がする。
お前が私より先に死ぬことだけは許さない・・・。
そんな声が聞こえていたような気がする。
自分を抱きしめたまま眠ってしまった誾千代を、起こさないように、だるい体ながら今度は抱き締め返す。本当にいつも素直じゃない態度とは裏腹に、誾千代の体はいつも優しくて暖かい。
――何もかも失うことになった今になって。
本当にずっと欲しかったものを得た――宗茂はそう思った。
一度は手放すつもりだった。
宗茂の目から見ても今回の戦の勝算は家康にあった。だから、
「誾千代、お前は好きにしろ―」
そう言って突き離した。
豊臣への恩顧も当然あるが、誾千代が怯えた秀吉の執念を、自分が持っていってやるつもりだった。
けれど、誾千代は西軍についた。
手を伸ばして、誾千代の髪を一本一本撫でるように優しく掌で包みながら考える。
この柳川も、鍋島直茂、加藤清正と黒田如水によって包囲されようとしている。
城内の家臣だけではなく、驚いたことに城下の者達までもが、討ってでるつもりでいる。
宗茂は苦笑を零す。
秀吉に柳川を与えられたが、宗茂はほぼこの柳川城にいたことはない。
京都、大阪、朝鮮――そして、時折柳川。そんな生活だった。
彼らをまとめあげていたのは誾千代だ。
「さすが立花道雪の娘・・・」
ほんの少し、誾千代を抱く腕に力を込める。
【戻る】【前】【次】
宗茂の発した言葉の行方を追いかけるように誾千代は瞳を動かしたけれど、その先に見つけた雨音に、
「雨だな・・・」
と言うだけ。
宗茂は、誾千代の膝に頭を置いて横たわり、その宗茂の髪を透くように誾千代が触るのを自由にさせている。
軒破から落ちる雫越しに、秋の寂しげな緑が、みるみる冷たい色に濡れ返られていく。雨音が沈黙を呑み込んで、わずかの間、時が止まったように感じられた。
止まった時に、その声を滲ませたまま、
「よく逃げられたものだな」
宗茂は誾千代を見上げて、そして、
「何もかも失ったな」
自嘲気味に頬を揺らすが、悲哀は感じられない。
誾千代は、宗茂の髪に触れていた手を、彼の頬にあてる。
「すべてを失ったわけではない」
「――・・・けれど」
「お前がいる」
それだけで私はいい。お前さえいてくれたらそれでいい。
「俺だから嫌だったんじゃないのか?」
意地悪気ににやりと笑う宗茂の頬をつねながら馬鹿者と笑うと、
「そうだ。お前だから嫌だったんだ。今でも嫌だ――お前なんか」
風にすぐさま落ちてしまいそうな意地っ張りな矢を言葉にかえて射るが、頬に浮かべているのは微笑み。宗茂は手を伸ばして、誾千代に口づけを乞う。
――明日、この柳川城を出なければならない。
あれから――。
血の臭いのする中、白刃が弓矢が頭上を駆け抜ける中、どうにか立花領の柳川まで逃げ延びることが出来た。
けれど、宗茂も誾千代も無傷とはいかなかった。
領地に戻り、柳川城で留守居をしていた家臣たちの顔を見、誾千代の怪我の具合を聞き、安心したのだろうか?
宗茂は高熱を出した。
致命的な傷はなくとも、全身に無数の怪我を負えば、身体が菌の増殖を防ぐのに発熱するのは当然のこと。
「私のせいだ・・・、ずっと・・・私を庇っていたから」
誾千代がそう言うのを、家臣がなだめている声が聞こえた。
違う、と言ってやりたいの声にならない。
宗茂を、背筋が凍りつくのではないかと思うような寒気が全身に襲う。
視界が不明瞭に揺れる。
それなのに、誾千代の顔だけはしっかりと見えた。
高熱が宗茂の夢と現実の境を溶かしていくようだ。
――空白。やがて、白濁。
眠っていたらしく、ふっと目が覚めたのは真夜中だった。
頬と額にやさしいものが触れた。
鉛のように重くなってしまった体で、ゆっくりと瞼を開けば、誾千代だ。
それから、何度も何度も夢と現実の間を行き来した。荒い息をつき寒さに震える。
夢から現に戻った時、誰かの腕に閉じ込められるのを感じた。
これは誾千代の腕だ。
相変わらず華奢な身体が、宗茂を素肌のまま抱きしめていた。
誾千代は、着ているものを脱ぎ捨てて宗茂を抱きしめた。
身体はまだ重く、鈍い熱を感じつつも、背筋を這う冷たさは消えていた。
夢うつつにずっと聞こえていたような気がする。
お前が私より先に死ぬことだけは許さない・・・。
そんな声が聞こえていたような気がする。
自分を抱きしめたまま眠ってしまった誾千代を、起こさないように、だるい体ながら今度は抱き締め返す。本当にいつも素直じゃない態度とは裏腹に、誾千代の体はいつも優しくて暖かい。
――何もかも失うことになった今になって。
本当にずっと欲しかったものを得た――宗茂はそう思った。
一度は手放すつもりだった。
宗茂の目から見ても今回の戦の勝算は家康にあった。だから、
「誾千代、お前は好きにしろ―」
そう言って突き離した。
豊臣への恩顧も当然あるが、誾千代が怯えた秀吉の執念を、自分が持っていってやるつもりだった。
けれど、誾千代は西軍についた。
手を伸ばして、誾千代の髪を一本一本撫でるように優しく掌で包みながら考える。
この柳川も、鍋島直茂、加藤清正と黒田如水によって包囲されようとしている。
城内の家臣だけではなく、驚いたことに城下の者達までもが、討ってでるつもりでいる。
宗茂は苦笑を零す。
秀吉に柳川を与えられたが、宗茂はほぼこの柳川城にいたことはない。
京都、大阪、朝鮮――そして、時折柳川。そんな生活だった。
彼らをまとめあげていたのは誾千代だ。
「さすが立花道雪の娘・・・」
ほんの少し、誾千代を抱く腕に力を込める。
【戻る】【前】【次】
PR