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――嫌だ。
言葉にすれば、頬にぽろりと涙が零れた。
けれど、後は続かない。一粒流れた涙が風に消える。
今は泣く時ではない。誾千代の中の理性がそう感じとった。
――それに、私が泣く時。
それは、宗茂の代わりに泣いてやる時なのだから!
あいつは泣かない。泣けない男なのだ。
だから、私が代わりに仕方がなく泣いてやるのだ。
西軍は杭瀬川の戦いで勝利を収めた。
言葉にすれば、頬にぽろりと涙が零れた。
けれど、後は続かない。一粒流れた涙が風に消える。
今は泣く時ではない。誾千代の中の理性がそう感じとった。
――それに、私が泣く時。
それは、宗茂の代わりに泣いてやる時なのだから!
あいつは泣かない。泣けない男なのだ。
だから、私が代わりに仕方がなく泣いてやるのだ。
西軍は杭瀬川の戦いで勝利を収めた。
だが、その後、 関ヶ原における決戦で 家康率いる敵主力部隊と 衝突するも敗北。
勝算は家康にあると思ったが、誾千代もまた西軍についた。
部隊は壊滅したが、誾千代もまた九州へ逃げ延び、しかし、 敵の追撃部隊に追いつかれ、そこで宗茂と再会した。
あれから――。
「誾千代、お前は好きにしろ」
と言われてからずっと別行動をしてきた。
そこに、宗茂が関ヶ原で死んだ。そんな噂が耳に入っていた。
そんな噂は、信じていなかった。
戦場での誤報など多くあることだ。だから、信じるにたるものではないと思った。
いや、思いたかった。信じてたまるものか。
宗茂が私より先に死ぬはずがない――。そう思っていた。そう信じていた。
けれど、宗茂の顔を見て、口に出たのは、
「お前、関が原で果てたのでは――・・・」
そんな言葉。
顔を合わせた時、驚きを隠せない誾千代とは対象的に宗茂は、ほんの一瞬だけ愛しおし気に誾千代を見たが、それをサッと消し、薄笑いを頬に浮かべ、
「黄泉から戻ってきたのさ。鬼の道案内で。誾千代が泣いているじゃないかと心配になってね」
などと軽口を叩く余裕すら見せる。
「ば、馬鹿にするな!泣いてなどおらぬ!」
強がったものの、見透かされた気分になった。
それが顔に出たのだろう。宗茂は、どこか満足そうにすら見えた。
けれど。
地に火矢が打ちかけられ現実に引き戻される。
風が炎を舞い上げ、あざやかな朱が、ぼう・・・っと燃え上がる。
舞い上がる炎は、地を舐め、這うように広がっていく。
誾千代は、絶望に沈む胸を、それでもしっかりと抱え、炎を見据えた。
――立花は諦めない。
振り返った瞬間。
ふわりと身体が、空に浮いたかと思うと、馬に乗せられた。
「何を?!」
宗茂だ。宗茂が誾千代を抱き上げ、馬に乗せた。
「行け!」
「ふざけるな!立花の誇りが許さぬ!私も戦う」
「そうだ、戦え。生きて。お前自身の為に」
「――だが、お前は・・・」
「俺は死なない」
宗茂は、薄く笑みを浮かべる。
そして、誾千代が口を開く前に、敵の気配がした。
そちらに気をとられた瞬間、宗茂が馬を走らせた。
ハッとした時にはもう宗茂の姿は遠ざかっていく。
遠ざかっていく宗茂の姿が本当に見えなくなる前に――。
――嫌だ。
気持ちが溢れた。
誾千代は、手綱を引きしばった。
誾千代を乗せた馬が足を止め棹立ちになるのを、腹を蹴って煽り、来た道を引き返す。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
だから、お前だから嫌だったんだ――!!
誾千代は、今ある限りの力を込めて、宗茂の元へ引き返す。
突然舞い戻ってきた誾千代に、宗茂は驚くよりも珍しく現状を把握できないようだった。誾千代は震える足で宗茂に近づくと、その前でがくりと膝が折れた。
それでも、宗茂の手をぎゅっと掴む。
握ればずっしりと命の手応えがある。確かなあたたかさがある。
生きている。
「嫌だ。ふざけるな」
空を斬るような鋭さで叫び、キッと宗茂を見据える。
宗茂も誾千代を見据える。
「貴様の命令など、聞けるか!立花は私ひとりじゃない・・・」
宗茂の手を掴む手が震えた。ガタガタと震えた。
「お前を失うことなど、私が・・・!」
瞬間、強く抱きしめられた。けれど、それも一瞬のこと。すっと身体を離すと、
「勝つのだ、ふたりで。生きるのだ、ふたりで」
これは命令だ――。
そう言った途端。
誾千代の胸の内から、すべてが消えた。意地も、誇りも、何もかも。
代わりに、切なくはじける熱いもの。
理屈じゃないのだ。ただただ、共に生きたいという気持ちだけが溢れた。
「許さない――・・・」
お前が私より先に逝くことなど許さない。
お前はいつも私の先を行く。けれど、これだけは許さない。
お前が私より先に死ぬことだけは許さない!!
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勝算は家康にあると思ったが、誾千代もまた西軍についた。
部隊は壊滅したが、誾千代もまた九州へ逃げ延び、しかし、 敵の追撃部隊に追いつかれ、そこで宗茂と再会した。
あれから――。
「誾千代、お前は好きにしろ」
と言われてからずっと別行動をしてきた。
そこに、宗茂が関ヶ原で死んだ。そんな噂が耳に入っていた。
そんな噂は、信じていなかった。
戦場での誤報など多くあることだ。だから、信じるにたるものではないと思った。
いや、思いたかった。信じてたまるものか。
宗茂が私より先に死ぬはずがない――。そう思っていた。そう信じていた。
けれど、宗茂の顔を見て、口に出たのは、
「お前、関が原で果てたのでは――・・・」
そんな言葉。
顔を合わせた時、驚きを隠せない誾千代とは対象的に宗茂は、ほんの一瞬だけ愛しおし気に誾千代を見たが、それをサッと消し、薄笑いを頬に浮かべ、
「黄泉から戻ってきたのさ。鬼の道案内で。誾千代が泣いているじゃないかと心配になってね」
などと軽口を叩く余裕すら見せる。
「ば、馬鹿にするな!泣いてなどおらぬ!」
強がったものの、見透かされた気分になった。
それが顔に出たのだろう。宗茂は、どこか満足そうにすら見えた。
けれど。
地に火矢が打ちかけられ現実に引き戻される。
風が炎を舞い上げ、あざやかな朱が、ぼう・・・っと燃え上がる。
舞い上がる炎は、地を舐め、這うように広がっていく。
誾千代は、絶望に沈む胸を、それでもしっかりと抱え、炎を見据えた。
――立花は諦めない。
振り返った瞬間。
ふわりと身体が、空に浮いたかと思うと、馬に乗せられた。
「何を?!」
宗茂だ。宗茂が誾千代を抱き上げ、馬に乗せた。
「行け!」
「ふざけるな!立花の誇りが許さぬ!私も戦う」
「そうだ、戦え。生きて。お前自身の為に」
「――だが、お前は・・・」
「俺は死なない」
宗茂は、薄く笑みを浮かべる。
そして、誾千代が口を開く前に、敵の気配がした。
そちらに気をとられた瞬間、宗茂が馬を走らせた。
ハッとした時にはもう宗茂の姿は遠ざかっていく。
遠ざかっていく宗茂の姿が本当に見えなくなる前に――。
――嫌だ。
気持ちが溢れた。
誾千代は、手綱を引きしばった。
誾千代を乗せた馬が足を止め棹立ちになるのを、腹を蹴って煽り、来た道を引き返す。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。
だから、お前だから嫌だったんだ――!!
誾千代は、今ある限りの力を込めて、宗茂の元へ引き返す。
突然舞い戻ってきた誾千代に、宗茂は驚くよりも珍しく現状を把握できないようだった。誾千代は震える足で宗茂に近づくと、その前でがくりと膝が折れた。
それでも、宗茂の手をぎゅっと掴む。
握ればずっしりと命の手応えがある。確かなあたたかさがある。
生きている。
「嫌だ。ふざけるな」
空を斬るような鋭さで叫び、キッと宗茂を見据える。
宗茂も誾千代を見据える。
「貴様の命令など、聞けるか!立花は私ひとりじゃない・・・」
宗茂の手を掴む手が震えた。ガタガタと震えた。
「お前を失うことなど、私が・・・!」
瞬間、強く抱きしめられた。けれど、それも一瞬のこと。すっと身体を離すと、
「勝つのだ、ふたりで。生きるのだ、ふたりで」
これは命令だ――。
そう言った途端。
誾千代の胸の内から、すべてが消えた。意地も、誇りも、何もかも。
代わりに、切なくはじける熱いもの。
理屈じゃないのだ。ただただ、共に生きたいという気持ちだけが溢れた。
「許さない――・・・」
お前が私より先に逝くことなど許さない。
お前はいつも私の先を行く。けれど、これだけは許さない。
お前が私より先に死ぬことだけは許さない!!
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