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くすくすくすっ・・・・。
子供の笑い声が響いた気がして、宗茂は書状を書いていた手を止める。
ゆっくりと顔を上げると、また笑い声が響いた。
――だめだよ、見つかっちゃう。
――大丈夫よ!
――だめだって。驚かすんだから!
また邪魔しにきたのか――宗茂は、ふっ・・・と微笑んで、立ち上がる。
障子にうつるふたつの影。
一応隠れているつもりらしい子供たちに、宗茂は苦笑を洩らす。
宗茂が、障子を開き、相手をしてやろうとするより早く、
「父上の邪魔をしては駄目だと言ったでしょう!!」
子供をたしなめる声がした。
――わぁっ!!
子供たちの歓声があがる。
「だって、池に鳥がいたんだよ!お腹が青いの!」
「鳥?」
「うん、鳥!母上も見に来て!」
障子を開いてみれば、広がる庭に子供ふたりに手をぐいぐいと引っ張られる妻の姿。
弟の直次の息子で宗茂の養子である千熊丸。
小田部統房の娘で同じく養女の依奈。
池の前で、しゃがみ込んだ子供ふたりが、我先にとばかりに誾千代に口々に話しかけ、そのいちいちに誾千代が相手をしている。
しばらく目を細めて、その光景を眺めていたが、宗茂も庭に降りる。
「池に落ちるなよ」
声をかければ、振り返った千熊丸が池の置石を指差して、
「さっき鳥がいたんだよ!父上が朝鮮から連れて帰ってきた鳥だって母上が教えてくれた」
「カササギか・・・」
依奈が、あまりに池に近づき過ぎて落ちそうなので、背後から抱き上げる。
「あまり近づくと母上みたいに池に落ちるぞ」
「えっ?!母上、池に落ちたことがあるの?!!」
ねぇ、いついつ?!!
依奈が、宗茂の首に抱きつきながら言う。誾千代は、宗茂を睨みつけながら、
「落ちていません!」
この池には、と小さな声で付け加えて言うと、ぷいと顔を背ける。
思わず子供じみた妻の態度に、宗茂は声をあげて笑う。
時の流れは、こんな優しく穏やかな風景を連れてきた。
柳川城を降伏開城する時。
戻ってこれたら池を作る、と戯れに言った。
言った時には、本当に戻ってこれるなどとは思っていなかった。
徳川家に取り立てられ、最初は5,000石で幕府の御書院番頭、まもなく陸奥棚倉に1万石で大名と復帰し、すぐに同地で1万5,500石。
そして、10万石で旧領地の柳川に戻ってくることが出来た。
戦にも出た。大阪の陣に加わった。
豊臣側につくのではないかと疑われもしたが、徳川に従った。
――夜。
子供たちを寝かしつけた誾千代が、寝所に戻ってきた。
宗茂と誾千代。実子に恵まれることはなかった。
関ヶ原以前は、離れていたことも多かった上に、誾千代の月のものが不順だったからだろう。
また、戦場に出ている女武将は、妊娠しにくいらしい。
事実、稲姫も子供が授かるまでに時間がかかったという。
関ヶ原以降は、宗茂は自分の問題だと思っている。
一度医師に相談したところ、高熱を出した故だろうと云われた。
それを受けて、養子をとった。
「寝たか?」
誾千代は頷くと、宗茂の脇に座り込む。
「ところで、良清寺が完成するそうで」
「あぁ。やっぱり複雑な心境か?」
「生きているのに、自分の菩提寺が出来るんだから当然だろう?」
「あはは。お前が死んだら、その向かいに八千子としてのお前の菩提寺を作ってやろうか?どっちもお前なんだから、行き来しやすくていいだろう?」
「後世の人に宗茂、お前は無神経な男と評されるな」
眉根をひそめて睨んでくる誾千代の髪を、ぐちゃぐちゃとかみ乱すと、やめろと抗う手を握り、そのまま床に押し倒す。
「髪がぐちゃぐちゃだ」
「もっと乱れるから別にかまわないだろう?」
常に冷静で、涼やかな目をした宗茂の口元が僅かに上がる。
堅物な彼女をつついて、その反応を楽しんでいる時に時折見せる表情だ。
それを見て、子供の頃から変わらないな、と誾千代は思う。
そして、これからもずっときっと――ふたりは変わらない。
憎んだ。悔やんだ。恨んだ。泣いた。殺した。愛した・・・。
すべてはふたりが共に歩んだ生の跡・・・。
これからのふたりも歩む道――。
<終わり>
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