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パチパチ、と焚き火が燃える音が響く。
野宿の支度を整え終えた後、信幸は木にもたれながら黙って瞼を閉じていたが、ふっと瞼を開く。
「あっ、起きた」
「ずっと起きていた」
信幸が答えれば、彼の顔を覗き込んでいたくのいちが、小首を傾げる。
「今頃、新妻はどうしているんだろうとか考えてた?」
「ああ」
「嘘っぽい~」
くのいちがにやりと笑う。
「可愛い?」
「――可愛い方じゃないか。気が強そうだが面白い」
「想像しがたい人物像だね。幸村さまが言ってたよ。稲姫は結婚後も戦場に出るのかって」
「好きにしていいと稲には言った」
「へ~・・・」
兄弟でも違うもんだ、とくのいちは唸る。
それを聞いた信幸が、眉をほんの少ししかめたので、
「意外にも幸村さまは保守的だから」
つん、と唇を尖らせてくのいちが言う。
「保守的とは?」
「結婚したなら女は家を守れってこと。戦場に出るなんてもっての他!」
へー、と信幸が言う。幸村とそういう話をしたことがなかった。
けれど、だから稲が戦場に出るのか気にかけていたのか、と納得もするが、幸村とくのいちがそんな話をしていることも信幸には意外だった。
「――くのいち、お前の本名は?」
「急に何ですか?」
「幸村とて、いつかは妻を娶るぞ」
くのいちの顔つきが、急に厳しいものに変わる。
それから、ふんと信幸から顔を反らすと、
「そんなことは分かってます!」
「お前は幸村に惚れているのだろう?」
くのいちは顔を反らしたまま。
それを信幸は肯定と受け取る。
色恋に鈍い鈍いと云われている信幸だが、それでもくのいちは一途に幸村に想いを寄せているのは気付いていた。
だからこそ、不憫だと思っていた。
くのいちは元々、武田家の忍びで、その滅亡後に幸村に仕えており、おそらく信玄に拾われた戦火で親を亡くした孤児あたりなのだろうと信幸は予測している。
幸村の性格からして、くのいちの気持ちに気付けば、うまくいくのではないか。
そもそも本当は幸村は、くのいちの好意に気付いているのではないか?
この時代、思い合う男女が幸せになれるのなら、信幸はそれを見てみたいと思うのだ。弟ならなおのこと。幸村には何も思惑のない相手と結婚して欲しい。
そう思っているからつい、
「お前をしかるべき人物の養女にして幸村に嫁がせることは可能だぞ」
そんなお節介が口に出る。
瞬間、弾かれたようにくのいちは信幸を見つめた。
その瞳に浮かんでいるのは驚愕、それから、ほんの少しの歓喜。
けれど、それはみるみるとしぼんで、哀しい色に変わる。
「そんな面倒なこといい」
拗ねた子供のように、そう言うと膝を抱える。
それから、視線のかたちを素早く固める。それは、心の内を外へ滲み出すのを隠すかのように。
「だって――幸村さまを守れなくなっちゃうから」
「えっ?」
「結婚して子供を作る。それは女としての幸せだよ。でもね、女の幸せのカタチはそれだけじゃない。好きな人の幸せを守るために戦うのも女の幸せだよ――ううん、忍びの幸せかも」
「――・・・そうか」
「でも、ありがとう。信幸さまの気持ちはすごい嬉しい」
にこりとくのいちは微笑んだが、すぐにいたずらっコのように頬をにやりと揺らして、
「にぶちんの信幸さまに気持ちがばれていたっていうのが悔しいけどね!」
そう言うと、すっと立ち上がると闇の中に溶け込むように駆けて行く。
くのいちが消えた闇の中をしばらく見ていた信幸だったが、その闇の中から入れ替わるように幸村が戻ってくる。
信幸に気付くと、子供の頃から変わらない笑顔を向ける。
「お前は変わらないな」
そう言えば、何ですか急に、と幸村が笑う。
※
寝所の外に気配を感じた。
障子から臨む外の気配は、早朝のもの。
早朝のすがすがしい涼しげな空気に、鳥の鳴き声が響く中、こそりとうごめく気配。
――こんな早朝に・・・。
稲は咄嗟に寝具近くに置いている小刀を手に、すっ・・・と障子を開いてみる。
広がる庭には、誰もいない。けれど、気配は消えない。
縁に出てみると、庭の木が揺れたかと思うと、ふわりと枝に片手をかけてぶらさがる女が姿を見せた。
「さすが、稲姫だね!」
普通の女じゃなかなか気付かないよ~、とのんきに言う女を、稲はただ見据えた。
そんな稲など気にせずに、ふわりと地面に舞い降りた女が、そのまま、稲の目の前に来たかと思うと、おもむろに膝をつく。
思わず一歩引いた稲に、女がにこりと微笑むと、
「幸村さまにしたがっている忍びの者です」
と名乗る。なので稲が、名を問うと、
「くのいちとお呼びください」
と。稲は、まじまじとくのいちを見つめる。
くのいちは、気配を感じさせるように動いていた。稲に気付かせる為に。
一体何の為に――?
くのいちもそんな稲をじろじろと遠慮なく見渡した後。
「信幸さまがおっしゃっていたように、可愛らしい方」
稲の頬がほんのり染まったのを見届けると、
「気が強そうとも言ってましたけどね」
そんなことまで言う。えぇ、と声をあげた稲を軽やかに笑うと、ふと真面目な顔になる。
「信幸さま、幸村さまに同行してましたが不必要そうなので戻って参りました。まだしばらく信幸さまはお戻りにならないかと思います」
それをお伝えしようと思いました、と言う。
そうですか、と稲がほんの少し視線を下げ、再び前を向いた時。
もうそこに、くのいちの姿はなかった。
「・・・すばやいなぁ。」
稲は、気が抜けたように呟きを落とした。
【戻る】【前】【次】
野宿の支度を整え終えた後、信幸は木にもたれながら黙って瞼を閉じていたが、ふっと瞼を開く。
「あっ、起きた」
「ずっと起きていた」
信幸が答えれば、彼の顔を覗き込んでいたくのいちが、小首を傾げる。
「今頃、新妻はどうしているんだろうとか考えてた?」
「ああ」
「嘘っぽい~」
くのいちがにやりと笑う。
「可愛い?」
「――可愛い方じゃないか。気が強そうだが面白い」
「想像しがたい人物像だね。幸村さまが言ってたよ。稲姫は結婚後も戦場に出るのかって」
「好きにしていいと稲には言った」
「へ~・・・」
兄弟でも違うもんだ、とくのいちは唸る。
それを聞いた信幸が、眉をほんの少ししかめたので、
「意外にも幸村さまは保守的だから」
つん、と唇を尖らせてくのいちが言う。
「保守的とは?」
「結婚したなら女は家を守れってこと。戦場に出るなんてもっての他!」
へー、と信幸が言う。幸村とそういう話をしたことがなかった。
けれど、だから稲が戦場に出るのか気にかけていたのか、と納得もするが、幸村とくのいちがそんな話をしていることも信幸には意外だった。
「――くのいち、お前の本名は?」
「急に何ですか?」
「幸村とて、いつかは妻を娶るぞ」
くのいちの顔つきが、急に厳しいものに変わる。
それから、ふんと信幸から顔を反らすと、
「そんなことは分かってます!」
「お前は幸村に惚れているのだろう?」
くのいちは顔を反らしたまま。
それを信幸は肯定と受け取る。
色恋に鈍い鈍いと云われている信幸だが、それでもくのいちは一途に幸村に想いを寄せているのは気付いていた。
だからこそ、不憫だと思っていた。
くのいちは元々、武田家の忍びで、その滅亡後に幸村に仕えており、おそらく信玄に拾われた戦火で親を亡くした孤児あたりなのだろうと信幸は予測している。
幸村の性格からして、くのいちの気持ちに気付けば、うまくいくのではないか。
そもそも本当は幸村は、くのいちの好意に気付いているのではないか?
この時代、思い合う男女が幸せになれるのなら、信幸はそれを見てみたいと思うのだ。弟ならなおのこと。幸村には何も思惑のない相手と結婚して欲しい。
そう思っているからつい、
「お前をしかるべき人物の養女にして幸村に嫁がせることは可能だぞ」
そんなお節介が口に出る。
瞬間、弾かれたようにくのいちは信幸を見つめた。
その瞳に浮かんでいるのは驚愕、それから、ほんの少しの歓喜。
けれど、それはみるみるとしぼんで、哀しい色に変わる。
「そんな面倒なこといい」
拗ねた子供のように、そう言うと膝を抱える。
それから、視線のかたちを素早く固める。それは、心の内を外へ滲み出すのを隠すかのように。
「だって――幸村さまを守れなくなっちゃうから」
「えっ?」
「結婚して子供を作る。それは女としての幸せだよ。でもね、女の幸せのカタチはそれだけじゃない。好きな人の幸せを守るために戦うのも女の幸せだよ――ううん、忍びの幸せかも」
「――・・・そうか」
「でも、ありがとう。信幸さまの気持ちはすごい嬉しい」
にこりとくのいちは微笑んだが、すぐにいたずらっコのように頬をにやりと揺らして、
「にぶちんの信幸さまに気持ちがばれていたっていうのが悔しいけどね!」
そう言うと、すっと立ち上がると闇の中に溶け込むように駆けて行く。
くのいちが消えた闇の中をしばらく見ていた信幸だったが、その闇の中から入れ替わるように幸村が戻ってくる。
信幸に気付くと、子供の頃から変わらない笑顔を向ける。
「お前は変わらないな」
そう言えば、何ですか急に、と幸村が笑う。
※
寝所の外に気配を感じた。
障子から臨む外の気配は、早朝のもの。
早朝のすがすがしい涼しげな空気に、鳥の鳴き声が響く中、こそりとうごめく気配。
――こんな早朝に・・・。
稲は咄嗟に寝具近くに置いている小刀を手に、すっ・・・と障子を開いてみる。
広がる庭には、誰もいない。けれど、気配は消えない。
縁に出てみると、庭の木が揺れたかと思うと、ふわりと枝に片手をかけてぶらさがる女が姿を見せた。
「さすが、稲姫だね!」
普通の女じゃなかなか気付かないよ~、とのんきに言う女を、稲はただ見据えた。
そんな稲など気にせずに、ふわりと地面に舞い降りた女が、そのまま、稲の目の前に来たかと思うと、おもむろに膝をつく。
思わず一歩引いた稲に、女がにこりと微笑むと、
「幸村さまにしたがっている忍びの者です」
と名乗る。なので稲が、名を問うと、
「くのいちとお呼びください」
と。稲は、まじまじとくのいちを見つめる。
くのいちは、気配を感じさせるように動いていた。稲に気付かせる為に。
一体何の為に――?
くのいちもそんな稲をじろじろと遠慮なく見渡した後。
「信幸さまがおっしゃっていたように、可愛らしい方」
稲の頬がほんのり染まったのを見届けると、
「気が強そうとも言ってましたけどね」
そんなことまで言う。えぇ、と声をあげた稲を軽やかに笑うと、ふと真面目な顔になる。
「信幸さま、幸村さまに同行してましたが不必要そうなので戻って参りました。まだしばらく信幸さまはお戻りにならないかと思います」
それをお伝えしようと思いました、と言う。
そうですか、と稲がほんの少し視線を下げ、再び前を向いた時。
もうそこに、くのいちの姿はなかった。
「・・・すばやいなぁ。」
稲は、気が抜けたように呟きを落とした。
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