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疲れた、と言って信幸は部屋の隅に床をのべさせると、すぐに寝入ってしまった。
仰向けに寝転がり、とてもよく寝ている。
稲は、信幸の寝顔をじっと見つめる。
よほど疲れているのか、とてもよく眠っている。
頬をつねってみようか。髪を引っ張ってみようか。
そんなことを考えたけれど、結局できるはずもなく、ただ寝顔を見るだけ。
上掛けをかけ直そうとして、胸の辺りで合わせが乱れて、ちょっとだらしなくなっているのに気付く。
「――・・・」
くのいちから何か受け取ったのを見た。
それが何であるのか稲には分からなかったが、信幸はそれを懐にしまった。
(何だろう?)
信幸はよく眠っている。とても気持ちよさそうに眠っている。
しっかり熟睡しているようで、簡単に起きそうにない。
そっと手を伸ばしかけて止めた。
何を受け取ったのか知りたいと思う気持ちは、好奇心なのか、嫉妬なのか、それとも――。
伸ばしかけた手は、中途半端に空に浮いたまま。
溜息とともにそれを下げると、胸の奥にチクリと何か刺されたような痛みが走った。
途端、切なくて信幸を見ていられなくて、それでも、見ていたくて。
なのに、見ていると痛くて、稲は自分の胸を抱える。
※
開かれていない。
信幸はくのいちから受け取った文を、そっと開く。
開く際に細工がしてあり、知らない人間は気づかないが、知っている者は開いたらすぐに気付く。それが開かれた形跡がなかった。
稲がこの文に気付いたのは、くのいちがにやりとした目から分かった。
疲れた、と言って信幸は横になったまま寝入った。
その間に、稲が覗き見るではないかと思ったのだが。
「そこまで・・・」
警戒する必要もないということか。
けれど、まぁ今、徳川と真田に何かが起きるとは思わないが、世の中は自分の分からないところで突然変わることがある、と信幸は考えている。
知らないところで、知らない音をたてて、歯車がずれる。
父―昌幸もそうだったのだろう。
昌幸は三男で、長兄も次兄のふたりを一度に亡くすとは思わなかっただろう。
その為についだ家督。
そして、信幸は武田家への臣従の証として人質となった。
「この信の字は――」
ふと思い出した声に、首を振ったその時。
「お目覚めですか?」
稲が、すっ・・・と襖を開いて顔を出した。
稲は信幸の前に座ると、茶碗を差し出してくる。白湯が入っていた。
礼を言って受け取ると、一口口に含む。
「信幸さまがお出かけになっている間、あやめ様がいらっしゃいました」
「そうですか」
稲は、首を傾げる。もっと驚くのではないかと思ったのだ。
なのに、さらりと受け流されてしまった。つまらない、と稲は思った。
だから、
「あやめ様が教えてくれました。信幸さまは、女に手が早いと」
「――・・・」
一瞬の間の後、クククっと喉を揺らして笑った。
「私のいない隙に、女ふたりでそんな話をしていたのですか」
怖いな、とまったく怖いなどと思っていないような口調で言う。
悔しい、と稲は思った。まったく信幸は気に留めていない様子なのだ。
つまらないし悔しい。
「腕は二本しかありません」
だから、抱えるのは私とあやめ様だけにして下さい――稲がそう言うと、信幸がそっと手を伸ばしてきたので、一瞬躊躇した後に、甘えるように寄り添ってみる。
伝わってくるまだ慣れぬぬくもりに、心臓がばくばくと脈打っている稲の耳元に、
「腕は二本しかありませんが」
信幸は、面白気に頬を揺らしながら言う。
「足というものがありますよ」
「――っ!不埒です!!」
稲は、咄嗟にそう叫ぶと、くるりと信幸に振り向き、キッと夫を睨みつける。
「足だ、なんて。女を馬鹿にしてます!」
不埒です、と再び繰り返す稲に信幸が声を上げて笑うので、彼の腕から逃れようとすると驚くほどの力強さで抱きしめられた。
華奢に見えるけれど、やはり男性で、武人であると分かる力強さに稲は、息を呑む。
「――・・・」
「貴方は、こんな風に怒るのですね」
抱きしめてくる力強さからは考えられないのんびりとした信幸の口調。
それに――稲は、信幸の手がなにやら動き始めて、それが何を意味するのか分かり、ハッとする。
まだ夜まで時間がある。
信幸さま、と声を出そうとした唇を塞がれる。
――確かに手は早いかもしれない。
信幸の手馴れた様子に稲はほんの少し怒りと感じつつも、すでに着ているものを解かせようとしている信幸の手の動きに、ただ流れていく。
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仰向けに寝転がり、とてもよく寝ている。
稲は、信幸の寝顔をじっと見つめる。
よほど疲れているのか、とてもよく眠っている。
頬をつねってみようか。髪を引っ張ってみようか。
そんなことを考えたけれど、結局できるはずもなく、ただ寝顔を見るだけ。
上掛けをかけ直そうとして、胸の辺りで合わせが乱れて、ちょっとだらしなくなっているのに気付く。
「――・・・」
くのいちから何か受け取ったのを見た。
それが何であるのか稲には分からなかったが、信幸はそれを懐にしまった。
(何だろう?)
信幸はよく眠っている。とても気持ちよさそうに眠っている。
しっかり熟睡しているようで、簡単に起きそうにない。
そっと手を伸ばしかけて止めた。
何を受け取ったのか知りたいと思う気持ちは、好奇心なのか、嫉妬なのか、それとも――。
伸ばしかけた手は、中途半端に空に浮いたまま。
溜息とともにそれを下げると、胸の奥にチクリと何か刺されたような痛みが走った。
途端、切なくて信幸を見ていられなくて、それでも、見ていたくて。
なのに、見ていると痛くて、稲は自分の胸を抱える。
※
開かれていない。
信幸はくのいちから受け取った文を、そっと開く。
開く際に細工がしてあり、知らない人間は気づかないが、知っている者は開いたらすぐに気付く。それが開かれた形跡がなかった。
稲がこの文に気付いたのは、くのいちがにやりとした目から分かった。
疲れた、と言って信幸は横になったまま寝入った。
その間に、稲が覗き見るではないかと思ったのだが。
「そこまで・・・」
警戒する必要もないということか。
けれど、まぁ今、徳川と真田に何かが起きるとは思わないが、世の中は自分の分からないところで突然変わることがある、と信幸は考えている。
知らないところで、知らない音をたてて、歯車がずれる。
父―昌幸もそうだったのだろう。
昌幸は三男で、長兄も次兄のふたりを一度に亡くすとは思わなかっただろう。
その為についだ家督。
そして、信幸は武田家への臣従の証として人質となった。
「この信の字は――」
ふと思い出した声に、首を振ったその時。
「お目覚めですか?」
稲が、すっ・・・と襖を開いて顔を出した。
稲は信幸の前に座ると、茶碗を差し出してくる。白湯が入っていた。
礼を言って受け取ると、一口口に含む。
「信幸さまがお出かけになっている間、あやめ様がいらっしゃいました」
「そうですか」
稲は、首を傾げる。もっと驚くのではないかと思ったのだ。
なのに、さらりと受け流されてしまった。つまらない、と稲は思った。
だから、
「あやめ様が教えてくれました。信幸さまは、女に手が早いと」
「――・・・」
一瞬の間の後、クククっと喉を揺らして笑った。
「私のいない隙に、女ふたりでそんな話をしていたのですか」
怖いな、とまったく怖いなどと思っていないような口調で言う。
悔しい、と稲は思った。まったく信幸は気に留めていない様子なのだ。
つまらないし悔しい。
「腕は二本しかありません」
だから、抱えるのは私とあやめ様だけにして下さい――稲がそう言うと、信幸がそっと手を伸ばしてきたので、一瞬躊躇した後に、甘えるように寄り添ってみる。
伝わってくるまだ慣れぬぬくもりに、心臓がばくばくと脈打っている稲の耳元に、
「腕は二本しかありませんが」
信幸は、面白気に頬を揺らしながら言う。
「足というものがありますよ」
「――っ!不埒です!!」
稲は、咄嗟にそう叫ぶと、くるりと信幸に振り向き、キッと夫を睨みつける。
「足だ、なんて。女を馬鹿にしてます!」
不埒です、と再び繰り返す稲に信幸が声を上げて笑うので、彼の腕から逃れようとすると驚くほどの力強さで抱きしめられた。
華奢に見えるけれど、やはり男性で、武人であると分かる力強さに稲は、息を呑む。
「――・・・」
「貴方は、こんな風に怒るのですね」
抱きしめてくる力強さからは考えられないのんびりとした信幸の口調。
それに――稲は、信幸の手がなにやら動き始めて、それが何を意味するのか分かり、ハッとする。
まだ夜まで時間がある。
信幸さま、と声を出そうとした唇を塞がれる。
――確かに手は早いかもしれない。
信幸の手馴れた様子に稲はほんの少し怒りと感じつつも、すでに着ているものを解かせようとしている信幸の手の動きに、ただ流れていく。
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