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その凛とした佇まいに惹かれた。
どこか憂いを含んだ瞳がどこか儚く見えて、信幸を思い出させる。
その人は夕陽を背にして立っていた。
そのまま、その夕陽の中に溶け込んでしまいそうで、
「立花様」
稲は思わず声をかける。
声をかけられた立花誾千代は、稲を見とめると、どこかぎこちなく恥ずかしそうに頬に笑みを浮かべた。その様子が可愛らしくて稲の頬にも自然と笑みが浮かぶ。
「稲殿」
「本当によくお似合い」
誾千代が身にまとっている淡い黄色地に細かい菊の文様が散らされた打掛に感嘆の溜息を稲は落とす。それは誾千代にとてもよく似合っているけれど、着こなすのは難しそうで、ただただ稲は感嘆するばかり。
けれど、着慣れないらしく誾千代はどこかぎこちない。
「いつもの凛々しいお姿も素敵ですが」
「宗茂には女装と言われた」
「ひどいっ!――でも、うちの夫でも似たようなものかも・・・」
稲がそう言うと誾千代も笑った。
小田原の包囲戦が始まると余裕を見せつけるかのように秀吉が開いた茶会の席。
この北条征伐に、誾千代は夫―宗茂とともに参戦している。
最初は同じ女武将として親近感を感じ、夫婦一緒でいいな、とまずは単純にそう思っていた。
けれど――。
いろいろな夫婦のカタチがあるものだということを改めて知らされた。
別居していると聞いている。
けれど、ふたりを見ていると互いに好きあっているのが分かる。
言葉云々ではなく、見ていれば分かる。
気持ちが溢れているというか、洩れているというか。
なのに――、稲は小首も傾げたくなるのだが別居していて、夫の宗茂は女に対して軽口をたたくものだから稲の印象はよくないが、そんな宗茂もことをよく理解し受け止めている誾千代なのにと、稲には不思議に思える。
今だって――稲は眉をひそめた。宗茂の姿が視界の隅に映った。
誾千代の姿が見えないと宗茂は、何気ない風を装いつつも探しにくる。
――不思議な夫婦。
そうは思うけれど、羨ましくもある。
幼馴染で互いをよく理解しあって、根底では深い愛情で結ばれた夫婦。
※
「婿殿からだ」
陣に戻った稲に父―忠勝が、にやにやと文を渡してきた。
咄嗟に奪うようにその文を受け取って開くと、忠勝が覗き込んでこようとしたので、稲は咳払いをしながら、それをそっと隠す。
「読まないのか?」
「あとでゆっくり読みます」
つんと澄ましてそう言うものの、口許が緩んでいる娘に、どうやらうまくいっているようだな、と安心する気持ちと、娘が手から離れていくもの寂しさを感じる。忠勝に隠すように改めて文を開いた稲の頬に朱が走った。
「どうした?」
「前田利家様に同行して、一度こちらにいらっしゃるかもしれないと書かれてます」
「松井田城はどうなのだ?」
「――そのことは書かれていません」
そうか、と忠勝は唸りつつ、妻への手紙に戦況を書かないのも当然のことかと思い直す。使いの者は、家康への手紙を預かっていた様子だから、そちらには何か書かれているのだろう。
宿所でひとりになって、稲は繰り返し文を読み返す。
もう見慣れた信幸の筆跡のひとつひとつを辿る。
今まで返事が書けなかったことを詫び、けれど、稲からの文は楽しみにしていること、こちらは皆元気でやっていること、それだけしか書かれていない。
けれど、それが信幸らしいとも思う。
文ひとつでここまで嬉しくて幸せになるものなのだと稲は思った。
信幸が自分を思って文を書いてくれたことが嬉しい。
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どこか憂いを含んだ瞳がどこか儚く見えて、信幸を思い出させる。
その人は夕陽を背にして立っていた。
そのまま、その夕陽の中に溶け込んでしまいそうで、
「立花様」
稲は思わず声をかける。
声をかけられた立花誾千代は、稲を見とめると、どこかぎこちなく恥ずかしそうに頬に笑みを浮かべた。その様子が可愛らしくて稲の頬にも自然と笑みが浮かぶ。
「稲殿」
「本当によくお似合い」
誾千代が身にまとっている淡い黄色地に細かい菊の文様が散らされた打掛に感嘆の溜息を稲は落とす。それは誾千代にとてもよく似合っているけれど、着こなすのは難しそうで、ただただ稲は感嘆するばかり。
けれど、着慣れないらしく誾千代はどこかぎこちない。
「いつもの凛々しいお姿も素敵ですが」
「宗茂には女装と言われた」
「ひどいっ!――でも、うちの夫でも似たようなものかも・・・」
稲がそう言うと誾千代も笑った。
小田原の包囲戦が始まると余裕を見せつけるかのように秀吉が開いた茶会の席。
この北条征伐に、誾千代は夫―宗茂とともに参戦している。
最初は同じ女武将として親近感を感じ、夫婦一緒でいいな、とまずは単純にそう思っていた。
けれど――。
いろいろな夫婦のカタチがあるものだということを改めて知らされた。
別居していると聞いている。
けれど、ふたりを見ていると互いに好きあっているのが分かる。
言葉云々ではなく、見ていれば分かる。
気持ちが溢れているというか、洩れているというか。
なのに――、稲は小首も傾げたくなるのだが別居していて、夫の宗茂は女に対して軽口をたたくものだから稲の印象はよくないが、そんな宗茂もことをよく理解し受け止めている誾千代なのにと、稲には不思議に思える。
今だって――稲は眉をひそめた。宗茂の姿が視界の隅に映った。
誾千代の姿が見えないと宗茂は、何気ない風を装いつつも探しにくる。
――不思議な夫婦。
そうは思うけれど、羨ましくもある。
幼馴染で互いをよく理解しあって、根底では深い愛情で結ばれた夫婦。
※
「婿殿からだ」
陣に戻った稲に父―忠勝が、にやにやと文を渡してきた。
咄嗟に奪うようにその文を受け取って開くと、忠勝が覗き込んでこようとしたので、稲は咳払いをしながら、それをそっと隠す。
「読まないのか?」
「あとでゆっくり読みます」
つんと澄ましてそう言うものの、口許が緩んでいる娘に、どうやらうまくいっているようだな、と安心する気持ちと、娘が手から離れていくもの寂しさを感じる。忠勝に隠すように改めて文を開いた稲の頬に朱が走った。
「どうした?」
「前田利家様に同行して、一度こちらにいらっしゃるかもしれないと書かれてます」
「松井田城はどうなのだ?」
「――そのことは書かれていません」
そうか、と忠勝は唸りつつ、妻への手紙に戦況を書かないのも当然のことかと思い直す。使いの者は、家康への手紙を預かっていた様子だから、そちらには何か書かれているのだろう。
宿所でひとりになって、稲は繰り返し文を読み返す。
もう見慣れた信幸の筆跡のひとつひとつを辿る。
今まで返事が書けなかったことを詫び、けれど、稲からの文は楽しみにしていること、こちらは皆元気でやっていること、それだけしか書かれていない。
けれど、それが信幸らしいとも思う。
文ひとつでここまで嬉しくて幸せになるものなのだと稲は思った。
信幸が自分を思って文を書いてくれたことが嬉しい。
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