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松井田城が落ちたのは4月20日のこと。
利家が、北条家重臣であった道明寺政繁を連れて小田原に向かったが、その間に信幸は父―昌幸と、前田利長と箕輪城を落とした。
その勢いのまま本床、深谷、川越の諸城を落とし南下し、鉢形城へと向かうらしい。
つまりは信幸は利家に同行していないということ。
その話を家康から聞いて、稲は肩を落とした。
そんな稲に、家康と忠勝は顔を見合わせて苦笑する。
「前田殿が謝ってほしいと申していた」
「――私は、別に・・・」
赤らめた顔をぷいっとふたりから背けた稲に、
「実直な働きぶりを褒めていたぞ」
と家康が言えば、稲も夫が褒められれば素直に嬉しいのか、向き直った。
忠勝も婿の活躍が嬉しいのか、まんざらでもない風である。
家康は、信幸の父である裏表比興の者と称された昌幸は苦手だが、信幸にはそれを感じない。何を考えているのか分からないという点は親子だと思うが、不思議と毛並みが違うと感じる。
秀吉に面会に来た利家と顔を合わせた時、信幸を不思議な男だと言っていた。
のんびり飄々としているようで、戦場での戦いぶりは良いという。
弟の幸村のように武勇にたけているわけではないようだが、少人数の部隊を率いての野戦は得意らしく、それでかつての上田合戦の折に、徳川軍は痛い目にあっている。
軍略より知略の将なのかもしれないが、それも捉えどころがない。
けれど、手元においておきたいと思う武将なのだ。
稲は家康の元を辞した時、その姿を見つけて驚いた。
驚いたけれどすぐに、いてもおかしくないのだと思い出す。
相手も稲に気づき、義姉上と言うと近づいて来た。幸村さま、と稲は義弟を呼ぶ。
幸村は、北方軍にいるのではなく秀吉に同行しているらしい。
「兄上から何か連絡は?」
「元気にやっていると文をいただきました」
へー、と幸村は驚いたように言う。
あの兄上が、と幸村が言うぐらいだから余程の筆不精なのだろう。
なので、ちょっと優越感を感じつつ稲は、
「幸村さまには何かご連絡ありました?」
にこりとして言ってみる。
幸村は、一瞬嫌な顔をしたが、すぐにそれを受け流すと、稲の背後に視線を滑らせる。
稲も振り返ると、家康と忠勝の姿。
ふたりは話しながら行ってしまった。
「これが泰平の世を迎えるための最後の戦・・・となるのでしょうね」
突然、幸村がそんなことを言った。
稲に言ったのではないような幸村の口調だったので稲は、ただ義弟を見た。
見ながら、似ていないと思った。どちらかと言うと信幸は母親似で、幸村は父親似ではある。けれど、兄弟で持つ雰囲気はまったく異なる。そんな稲の視線に、
「そうなれば、義姉上には跡継ぎを頑張ってもらわないといけませんね」
「――っ!」
瞬間、耳まで赤く染まった稲をからかうように瞳を揺らした後、
「今は愚弟の私にもののふの手本を示していただきましょう」
兄上の分まで見させていただきますよ、と挑戦的に言った。
それを受けて稲も力強く頷いてみせながら、戦場に立つのはもうこれで終わりとなるのだろうと稲の中にほんの少し惜別の思いが浮かんだ。
そんな稲を見据えてから、幸村はゆっくりと瞬きをすると、
「では」
それだけ言うと、行ってしまう。
幸村の背中が消えた空間、稲はしばらくぼんやりと見つめた。
この北条征伐が始まる少し前。
「稲との結婚話を聞いた時、お前と間違えているんじゃないかと思った」
信幸がそんなことを言った。
驚く幸村に、信幸は瞳をゆるませただけで後に言葉は続けなかった。
兄弟で呑んでいた時のことだった。
幸村の話すたわいもないことに相槌を打っていた信幸が、ふと真剣な顔をしてそんなことを言った。幸村は、戸惑いと隠せないまま、兄上、と言ったものの、後にどう言葉を繋げていいのか分からず、ただ信幸を見つめた。
そんな弟に、ふっと信幸は笑う。笑った後に、仮に――と言う。
「仮に私が死んだらお前が稲を妻にすることになるかもしれないな」
「何を言っているのですか?!」
ありえない話ではない。前例は沢山ある。
家と家との繋がりの婚姻では十分にあることだ。
けれど――。
幸村の動揺を面白気に信幸が笑う。
信幸の笑いが空気を揺らして、幸村は我に返る。
「一体どうしたんです?」
「いや、そういうこともありえるなと思っただけだ」
「戦を前に弱気になっているのですか?」
兄上らしくもない、と無理に乾いた笑いをする幸村に、信幸の瞳がふと止まる。
「私はいつも弱気だよ」
お前ほどの度胸もないし、戦は好きじゃない、と信幸が言う。
言ってから自分の言葉が思いのほか、幸村に動揺を与えてることに気付いたらしく、口の端に苦笑を浮かべた。
その兄の苦笑をどう受け止めるべきが悩んでいる幸村をからかうように、
「ただ思いついたことを言っただけだ」
その驚いた顔は、子供の頃とまったく同じだ、と笑った。
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利家が、北条家重臣であった道明寺政繁を連れて小田原に向かったが、その間に信幸は父―昌幸と、前田利長と箕輪城を落とした。
その勢いのまま本床、深谷、川越の諸城を落とし南下し、鉢形城へと向かうらしい。
つまりは信幸は利家に同行していないということ。
その話を家康から聞いて、稲は肩を落とした。
そんな稲に、家康と忠勝は顔を見合わせて苦笑する。
「前田殿が謝ってほしいと申していた」
「――私は、別に・・・」
赤らめた顔をぷいっとふたりから背けた稲に、
「実直な働きぶりを褒めていたぞ」
と家康が言えば、稲も夫が褒められれば素直に嬉しいのか、向き直った。
忠勝も婿の活躍が嬉しいのか、まんざらでもない風である。
家康は、信幸の父である裏表比興の者と称された昌幸は苦手だが、信幸にはそれを感じない。何を考えているのか分からないという点は親子だと思うが、不思議と毛並みが違うと感じる。
秀吉に面会に来た利家と顔を合わせた時、信幸を不思議な男だと言っていた。
のんびり飄々としているようで、戦場での戦いぶりは良いという。
弟の幸村のように武勇にたけているわけではないようだが、少人数の部隊を率いての野戦は得意らしく、それでかつての上田合戦の折に、徳川軍は痛い目にあっている。
軍略より知略の将なのかもしれないが、それも捉えどころがない。
けれど、手元においておきたいと思う武将なのだ。
稲は家康の元を辞した時、その姿を見つけて驚いた。
驚いたけれどすぐに、いてもおかしくないのだと思い出す。
相手も稲に気づき、義姉上と言うと近づいて来た。幸村さま、と稲は義弟を呼ぶ。
幸村は、北方軍にいるのではなく秀吉に同行しているらしい。
「兄上から何か連絡は?」
「元気にやっていると文をいただきました」
へー、と幸村は驚いたように言う。
あの兄上が、と幸村が言うぐらいだから余程の筆不精なのだろう。
なので、ちょっと優越感を感じつつ稲は、
「幸村さまには何かご連絡ありました?」
にこりとして言ってみる。
幸村は、一瞬嫌な顔をしたが、すぐにそれを受け流すと、稲の背後に視線を滑らせる。
稲も振り返ると、家康と忠勝の姿。
ふたりは話しながら行ってしまった。
「これが泰平の世を迎えるための最後の戦・・・となるのでしょうね」
突然、幸村がそんなことを言った。
稲に言ったのではないような幸村の口調だったので稲は、ただ義弟を見た。
見ながら、似ていないと思った。どちらかと言うと信幸は母親似で、幸村は父親似ではある。けれど、兄弟で持つ雰囲気はまったく異なる。そんな稲の視線に、
「そうなれば、義姉上には跡継ぎを頑張ってもらわないといけませんね」
「――っ!」
瞬間、耳まで赤く染まった稲をからかうように瞳を揺らした後、
「今は愚弟の私にもののふの手本を示していただきましょう」
兄上の分まで見させていただきますよ、と挑戦的に言った。
それを受けて稲も力強く頷いてみせながら、戦場に立つのはもうこれで終わりとなるのだろうと稲の中にほんの少し惜別の思いが浮かんだ。
そんな稲を見据えてから、幸村はゆっくりと瞬きをすると、
「では」
それだけ言うと、行ってしまう。
幸村の背中が消えた空間、稲はしばらくぼんやりと見つめた。
この北条征伐が始まる少し前。
「稲との結婚話を聞いた時、お前と間違えているんじゃないかと思った」
信幸がそんなことを言った。
驚く幸村に、信幸は瞳をゆるませただけで後に言葉は続けなかった。
兄弟で呑んでいた時のことだった。
幸村の話すたわいもないことに相槌を打っていた信幸が、ふと真剣な顔をしてそんなことを言った。幸村は、戸惑いと隠せないまま、兄上、と言ったものの、後にどう言葉を繋げていいのか分からず、ただ信幸を見つめた。
そんな弟に、ふっと信幸は笑う。笑った後に、仮に――と言う。
「仮に私が死んだらお前が稲を妻にすることになるかもしれないな」
「何を言っているのですか?!」
ありえない話ではない。前例は沢山ある。
家と家との繋がりの婚姻では十分にあることだ。
けれど――。
幸村の動揺を面白気に信幸が笑う。
信幸の笑いが空気を揺らして、幸村は我に返る。
「一体どうしたんです?」
「いや、そういうこともありえるなと思っただけだ」
「戦を前に弱気になっているのですか?」
兄上らしくもない、と無理に乾いた笑いをする幸村に、信幸の瞳がふと止まる。
「私はいつも弱気だよ」
お前ほどの度胸もないし、戦は好きじゃない、と信幸が言う。
言ってから自分の言葉が思いのほか、幸村に動揺を与えてることに気付いたらしく、口の端に苦笑を浮かべた。
その兄の苦笑をどう受け止めるべきが悩んでいる幸村をからかうように、
「ただ思いついたことを言っただけだ」
その驚いた顔は、子供の頃とまったく同じだ、と笑った。
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