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ヒュウ、と口笛を吹いた後、
「さっすが稲ちん!あの距離まで飛ばせるなんてさっすがー!」
とくのいちが、ひとり賑やかな声を上げる。
稲ちんって、と稲は思わず眉をひそめたが、くのいちは気にしてない様子でにかっと笑ってから、すっと視線を遠くに伸ばして、
「読んでくれるかな」
急にしおらしくなって、ぽつり寂しげな呟きを落とす。
くのいちとふたりきり。
稲はくのいちの言葉にどう答えるべきが分からず黙ったまま。
利根川の水を利用し、水攻めが行われている忍城へ、信幸に頼まれ稲は文矢を射たところだった。
忍城は北条家家臣、成田氏長が守る城だが、どうやら成田氏直の体調が芳しくないらしく、娘の甲斐姫が中心となって連合軍と戦っている。
その甲斐姫とくのいちは面識があるというのだ。
まだ武田家が健在の頃、武田と北条が同盟を結んでいた関係でくのいちは幾度となく使いとして行っていたという。稲としては、北条はさっさと秀吉に屈してしまえばいいのに、と思う。
この忍城だけが抵抗を続けたところで、秀吉が天下を取るのは目に見えたこと。
けれど、信幸に言わせれば、そう簡単なものでもないだろうと。
開城したところで家臣たちの命が助かる見込みも現段階ではまだ分からないという。
そう言われて稲は下唇を噛んで黙るしかなかった。
連合軍が鉢形城を開城させた後、どうやら秀吉より城内の兵を助けたことに対する叱責があったという。それを受け、連合軍は八王子城攻めでは皆殺しを行っている。
それを知らないわけがない成田氏直と甲斐姫が、必死の抵抗を見せるのは当然。
「甲斐姫は、なんだかんだ家臣思いで優しいんだから」
くのいちの零した言葉が濃く稲の中に滲んでくる。
真田家に属して分かったことがひとつ。
主従の関係が家族にも似ているということ。
だからこそ、この成田家の気持ちがよく分かるのかもしれない。
稲がじっと見つめていると、くのいちは気付いたらしく、にこっと笑みを浮かべた。
そんなくのいちとしばらく視線を合わせていたが、あっ、と稲は小さく声を上げる。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
くのいちの装束は、こっそりと幸村とおそろいになっている。
「ふーん・・・」
「な、何?!!」
急ににやにやと瞳を揺らした稲に、くのいちはたじろぐ。
そんなくのいちの反応に稲は、信幸が自分をからかって遊ぶ心境が少し分かった気がした。
「柄がおそろいなんだ」
「えっ?――あぁぁぁぁ」
あぁぁぁぁ、と言ったままくのいちは風に乗るかのような俊敏な速さで駆けて行ってしまった。
それを後で信幸に言えば、かすかに頬を揺らしただけ。
「もしかしてふたりは――」
言葉を濁して稲が問いかければ、信幸は首を振った。
なんだ、とがっかりする稲に信幸は、
「稲は――」
稲はなぜ戦場に出るのですか?
そう問いかけてきた。
※
額に汗が滲む季節になっていた。
汗を拭いながら幸村は、目の前にいるふたりが涼しげな様子なのを不思議に思う。
忍城攻めの総大将の石田三成と、兄である信幸。
ふたりが平然として話を続けているのを聞いていた。
このふたりは思いのほか気が合うらしい。それがなんとなく幸村は嬉しかった。
けれど、事態はそんな悠長なことを喜んでいる余裕はない。
小田原城が落ちた。
けれど、まだこの忍城は降伏の気配すら見せないのだ。
三成が焦っているのは分かる。
幸村としては総攻撃を、と思う気持ちがあるが、秀吉から許可が出ない。
けれど――。
幸村は、ふと目を伏せる。
それから、思い直したように。気分を変えるように勢い良く瞼を開くと、
「暑くないのですか?」
幸村が聞けば、ふたりとも暑いとは言うが、幸村にはそうは見えない。
「水なら沢山あるから、暑いなら水浴びでもすればいい」
と信幸が言えば、三成の眉根が苦々しげに歪む。
そんな三成を、クククッと信幸が笑う。
笑われて三成は、不愉快そうにはするが怒っている風ではない。
その時。
「兼続殿!」
陣に入ってきた直江兼続に気づいた幸村が言う。
軽く手を振って近づいて来た兼続は、信幸の脇で立ち止まる。
兼続は、信幸をじろじろと眺め回す。
「何度も申し上げましたが、あれは私の意志ではありませんから」
のんびりした口調で言う。
かつて信幸は、昌幸の命を受けて上杉家領地内の各所で放火し、出てきた上杉兵を蹴散らしてきたことがある。同盟を結んでおきながら真田家が徳川・北条と戦っている時に傍観しかしなかったことへの抗議行動でもあるのだが、その頃、幸村は同盟の証として上杉にいた。
両家は関係を維持しているものの、兼続としては実行犯の信幸が多少気になる。
そんなことらしい。そして、結局のところ、
「あんなことをしでかしてくれた人間には見えない」
というところに思いに辿りつくというのだ。
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「さっすが稲ちん!あの距離まで飛ばせるなんてさっすがー!」
とくのいちが、ひとり賑やかな声を上げる。
稲ちんって、と稲は思わず眉をひそめたが、くのいちは気にしてない様子でにかっと笑ってから、すっと視線を遠くに伸ばして、
「読んでくれるかな」
急にしおらしくなって、ぽつり寂しげな呟きを落とす。
くのいちとふたりきり。
稲はくのいちの言葉にどう答えるべきが分からず黙ったまま。
利根川の水を利用し、水攻めが行われている忍城へ、信幸に頼まれ稲は文矢を射たところだった。
忍城は北条家家臣、成田氏長が守る城だが、どうやら成田氏直の体調が芳しくないらしく、娘の甲斐姫が中心となって連合軍と戦っている。
その甲斐姫とくのいちは面識があるというのだ。
まだ武田家が健在の頃、武田と北条が同盟を結んでいた関係でくのいちは幾度となく使いとして行っていたという。稲としては、北条はさっさと秀吉に屈してしまえばいいのに、と思う。
この忍城だけが抵抗を続けたところで、秀吉が天下を取るのは目に見えたこと。
けれど、信幸に言わせれば、そう簡単なものでもないだろうと。
開城したところで家臣たちの命が助かる見込みも現段階ではまだ分からないという。
そう言われて稲は下唇を噛んで黙るしかなかった。
連合軍が鉢形城を開城させた後、どうやら秀吉より城内の兵を助けたことに対する叱責があったという。それを受け、連合軍は八王子城攻めでは皆殺しを行っている。
それを知らないわけがない成田氏直と甲斐姫が、必死の抵抗を見せるのは当然。
「甲斐姫は、なんだかんだ家臣思いで優しいんだから」
くのいちの零した言葉が濃く稲の中に滲んでくる。
真田家に属して分かったことがひとつ。
主従の関係が家族にも似ているということ。
だからこそ、この成田家の気持ちがよく分かるのかもしれない。
稲がじっと見つめていると、くのいちは気付いたらしく、にこっと笑みを浮かべた。
そんなくのいちとしばらく視線を合わせていたが、あっ、と稲は小さく声を上げる。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
くのいちの装束は、こっそりと幸村とおそろいになっている。
「ふーん・・・」
「な、何?!!」
急ににやにやと瞳を揺らした稲に、くのいちはたじろぐ。
そんなくのいちの反応に稲は、信幸が自分をからかって遊ぶ心境が少し分かった気がした。
「柄がおそろいなんだ」
「えっ?――あぁぁぁぁ」
あぁぁぁぁ、と言ったままくのいちは風に乗るかのような俊敏な速さで駆けて行ってしまった。
それを後で信幸に言えば、かすかに頬を揺らしただけ。
「もしかしてふたりは――」
言葉を濁して稲が問いかければ、信幸は首を振った。
なんだ、とがっかりする稲に信幸は、
「稲は――」
稲はなぜ戦場に出るのですか?
そう問いかけてきた。
※
額に汗が滲む季節になっていた。
汗を拭いながら幸村は、目の前にいるふたりが涼しげな様子なのを不思議に思う。
忍城攻めの総大将の石田三成と、兄である信幸。
ふたりが平然として話を続けているのを聞いていた。
このふたりは思いのほか気が合うらしい。それがなんとなく幸村は嬉しかった。
けれど、事態はそんな悠長なことを喜んでいる余裕はない。
小田原城が落ちた。
けれど、まだこの忍城は降伏の気配すら見せないのだ。
三成が焦っているのは分かる。
幸村としては総攻撃を、と思う気持ちがあるが、秀吉から許可が出ない。
けれど――。
幸村は、ふと目を伏せる。
それから、思い直したように。気分を変えるように勢い良く瞼を開くと、
「暑くないのですか?」
幸村が聞けば、ふたりとも暑いとは言うが、幸村にはそうは見えない。
「水なら沢山あるから、暑いなら水浴びでもすればいい」
と信幸が言えば、三成の眉根が苦々しげに歪む。
そんな三成を、クククッと信幸が笑う。
笑われて三成は、不愉快そうにはするが怒っている風ではない。
その時。
「兼続殿!」
陣に入ってきた直江兼続に気づいた幸村が言う。
軽く手を振って近づいて来た兼続は、信幸の脇で立ち止まる。
兼続は、信幸をじろじろと眺め回す。
「何度も申し上げましたが、あれは私の意志ではありませんから」
のんびりした口調で言う。
かつて信幸は、昌幸の命を受けて上杉家領地内の各所で放火し、出てきた上杉兵を蹴散らしてきたことがある。同盟を結んでおきながら真田家が徳川・北条と戦っている時に傍観しかしなかったことへの抗議行動でもあるのだが、その頃、幸村は同盟の証として上杉にいた。
両家は関係を維持しているものの、兼続としては実行犯の信幸が多少気になる。
そんなことらしい。そして、結局のところ、
「あんなことをしでかしてくれた人間には見えない」
というところに思いに辿りつくというのだ。
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