×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
外でこそりと動く気配があった。
それに全員が気付き、幸村が外に出てみたが、すぐに戻ってきて、義姉上ですよ、と信幸に告げる。
あぁ、と小さく言うと、信幸が外に出ていく。
それを見届けてから、「似ていない兄弟だな」と兼続が言う。
「兄上は母似で、私は父似だと言われます」
「いや、顔もそうだが性格も似ていない」
そうですか、と納得いかなそうに幸村が唸る。
唸りながら、稲と一緒だったはずのくのいちの気配がないことにも気付いた。
信幸が戻ってくると、じっと幸村は兄を見る。
その視線に信幸は迷惑そうにするが、三成も兼続も自分を見ていることに気付き、
「何か?」
「似ていない兄弟だという話していた」
「私は母似で、幸村は父似ですから」
三成と兼続が笑う。
笑われた信幸は理由が分からないので弟を見れば、幸村も笑っている。
「いや、似ているのかもしれないな。同じ事を言う」
「――散々そう言われてきましたから」
――まるで誤魔化すように、と信幸は心の中だけで付け加える。
それから、三成に向き直り、
「我が母と妹は似ているそうですので、三成殿の妻は私のような顔ということですよ」
にこりとしてみせると、三成は眉根を歪ませる。
「それは期待できないということか」
「失敬な。貴方ほどではありませんが、女顔だと言われますが」
ますます不機嫌そうになるそんな三成をからかうように、信幸は唇に軽い笑みを浮かばせたが、すぐにそれを打ち消して、
「甲斐姫から返事があったそうです」
懐から文を取り出すと瞬間、空気が変わる。
忍城が落ちたのは、小田原城が落ちてしばらくして後。
本城落城を使者を使って知らせた折には、罠だと信用されなかった為に、稲に矢弓を射させた。親交のあるくのいちからとなれば信用するのではないかと思ってのこと。
甲斐姫の活躍に興味を持ったらしい秀吉が、篭城兵の身を保障した。
「別にくのいちから文をもらったからじゃないからね!」
「もうー、そんなこと言っちゃって。甲斐ちんったら~」
稲は少し離れたところで甲斐姫とくのいちを見る。
降伏したばかりとは思えない明るさと賑やかさを伴った甲斐姫にくのいち。
見ながら自分とは合わないだろう人だと思いつつ、女の身でありながら戦場を駆け抜ける同じ境遇を持つということを考える。
――なぜ稲は戦場に出るのですか?
信幸に問いかけられた時、思わず首をひねってしまった。
なぜそんなことを今更。
そう思う気持ちと、咄嗟に返答できなかったことに対して、自分の中に消化不良な気持ちが残って気持ち悪い。
本多忠勝の娘として、その背中を見て育った。
父を尊敬し、父を目標として、ともに戦場に立つことを決めたのは自分。
信幸は、別に返答は求めていなかったのか。
首をひねる稲を見る瞳の芯を緩めると、そのまま、唇を閉ざした。
立花さまは――。
女の身でありながら跡継ぎとして育てられ、家督を継ぎ、それを婿養子にはいった夫へ譲ったけれど、立花家の誇りの為に、立花の血を引くものとしての矜持からだろう。
甲斐姫は――。
この戦では体調が芳しくない父の代わりに家臣たちの身を守るために戦場に立ち。
くのいちは――。
はっきりとは分からないけれど、慕う幸村の為に。
私は――・・・・。
考え込んでいた稲だが、ふとふたりの目元に光るものがあることに気付いた。
きらりと夏の日差しのなかに光ったそれ。
戦は今まで親しくしていた者の関係を壊すことだってある。
このふたりも本音はずっと辛かったのだろう。
それを押し隠して、己の守るべきものを守るために戦った。
あぁ、そうか。
女が戦場に立つのは、守りたいものがあるからだ。
そう思った瞬間、稲の目の前に、ぱっと弾けるものがあった。
なぜそんな簡単なことに気付かなかっただろう。
今までの自分は本多忠勝の娘としての意地と誇りを守る為だったのだろうと思う。
そして、これからは――
いや、と稲は首を振る。これからは――ないのだから。
「これが泰平の世を迎えるための最後の戦・・・となるのでしょうね」
幸村の言葉は胸に蘇ってきた。
これで秀吉が天下を手中に治めたも同然。
争いがまた別の争いを生み出す時代も終わるのだ。
「泰平の世・・・」
ぽろり落とした呟き。
それから、ゆっくりと瞼を閉じて、ほぉぉと溜息。
過去の戦場を思い返して、そっと瞼を開くと。
「わぁぁ!!」
稲は小さな悲鳴を上げて、後ずさる。
目の前にくのいちがいたのだ。まったく気配がなかった。さすがに忍びだ、と驚きつつも感心してしまう。
「眠いの?」
稲がぶんぶんと首を振ると、くのいちはにこりとして甲斐姫を手招きする。
「稲ちんだよ。信幸さまのお嫁さん」
「へー・・・」
挨拶するより早くじろじろと甲斐姫に見られて、稲は不快を隠さずに眉根を歪める。
そんな稲など気にせずに、
「本当は小田原の本陣にいるはずだったのを信幸さまが連れてきちゃったらしい」
「そんなことは――」
稲が顔を赤くしてくのいちを止めようとした時、あーと甲斐姫が低い声をうめき声を上げる。何事かと稲が驚いていると、
「あー、いいな!私ももてたい!!」
「はぁ?!!」
「甲斐ちんは黙ってりゃいいんだよ」
ね、とくのいちに同意を求められ、目の前にいる美姫にその通りかもしれないと思いつつも同意するわけにもいかず、曖昧に笑うことしか出来ない。
「どこかにいい男いないかな!?」
「――さぁ・・・」
――やっぱり。
やっぱり自分とは合わないだろうと稲は思った。
【戻る】【前】【次】
それに全員が気付き、幸村が外に出てみたが、すぐに戻ってきて、義姉上ですよ、と信幸に告げる。
あぁ、と小さく言うと、信幸が外に出ていく。
それを見届けてから、「似ていない兄弟だな」と兼続が言う。
「兄上は母似で、私は父似だと言われます」
「いや、顔もそうだが性格も似ていない」
そうですか、と納得いかなそうに幸村が唸る。
唸りながら、稲と一緒だったはずのくのいちの気配がないことにも気付いた。
信幸が戻ってくると、じっと幸村は兄を見る。
その視線に信幸は迷惑そうにするが、三成も兼続も自分を見ていることに気付き、
「何か?」
「似ていない兄弟だという話していた」
「私は母似で、幸村は父似ですから」
三成と兼続が笑う。
笑われた信幸は理由が分からないので弟を見れば、幸村も笑っている。
「いや、似ているのかもしれないな。同じ事を言う」
「――散々そう言われてきましたから」
――まるで誤魔化すように、と信幸は心の中だけで付け加える。
それから、三成に向き直り、
「我が母と妹は似ているそうですので、三成殿の妻は私のような顔ということですよ」
にこりとしてみせると、三成は眉根を歪ませる。
「それは期待できないということか」
「失敬な。貴方ほどではありませんが、女顔だと言われますが」
ますます不機嫌そうになるそんな三成をからかうように、信幸は唇に軽い笑みを浮かばせたが、すぐにそれを打ち消して、
「甲斐姫から返事があったそうです」
懐から文を取り出すと瞬間、空気が変わる。
忍城が落ちたのは、小田原城が落ちてしばらくして後。
本城落城を使者を使って知らせた折には、罠だと信用されなかった為に、稲に矢弓を射させた。親交のあるくのいちからとなれば信用するのではないかと思ってのこと。
甲斐姫の活躍に興味を持ったらしい秀吉が、篭城兵の身を保障した。
「別にくのいちから文をもらったからじゃないからね!」
「もうー、そんなこと言っちゃって。甲斐ちんったら~」
稲は少し離れたところで甲斐姫とくのいちを見る。
降伏したばかりとは思えない明るさと賑やかさを伴った甲斐姫にくのいち。
見ながら自分とは合わないだろう人だと思いつつ、女の身でありながら戦場を駆け抜ける同じ境遇を持つということを考える。
――なぜ稲は戦場に出るのですか?
信幸に問いかけられた時、思わず首をひねってしまった。
なぜそんなことを今更。
そう思う気持ちと、咄嗟に返答できなかったことに対して、自分の中に消化不良な気持ちが残って気持ち悪い。
本多忠勝の娘として、その背中を見て育った。
父を尊敬し、父を目標として、ともに戦場に立つことを決めたのは自分。
信幸は、別に返答は求めていなかったのか。
首をひねる稲を見る瞳の芯を緩めると、そのまま、唇を閉ざした。
立花さまは――。
女の身でありながら跡継ぎとして育てられ、家督を継ぎ、それを婿養子にはいった夫へ譲ったけれど、立花家の誇りの為に、立花の血を引くものとしての矜持からだろう。
甲斐姫は――。
この戦では体調が芳しくない父の代わりに家臣たちの身を守るために戦場に立ち。
くのいちは――。
はっきりとは分からないけれど、慕う幸村の為に。
私は――・・・・。
考え込んでいた稲だが、ふとふたりの目元に光るものがあることに気付いた。
きらりと夏の日差しのなかに光ったそれ。
戦は今まで親しくしていた者の関係を壊すことだってある。
このふたりも本音はずっと辛かったのだろう。
それを押し隠して、己の守るべきものを守るために戦った。
あぁ、そうか。
女が戦場に立つのは、守りたいものがあるからだ。
そう思った瞬間、稲の目の前に、ぱっと弾けるものがあった。
なぜそんな簡単なことに気付かなかっただろう。
今までの自分は本多忠勝の娘としての意地と誇りを守る為だったのだろうと思う。
そして、これからは――
いや、と稲は首を振る。これからは――ないのだから。
「これが泰平の世を迎えるための最後の戦・・・となるのでしょうね」
幸村の言葉は胸に蘇ってきた。
これで秀吉が天下を手中に治めたも同然。
争いがまた別の争いを生み出す時代も終わるのだ。
「泰平の世・・・」
ぽろり落とした呟き。
それから、ゆっくりと瞼を閉じて、ほぉぉと溜息。
過去の戦場を思い返して、そっと瞼を開くと。
「わぁぁ!!」
稲は小さな悲鳴を上げて、後ずさる。
目の前にくのいちがいたのだ。まったく気配がなかった。さすがに忍びだ、と驚きつつも感心してしまう。
「眠いの?」
稲がぶんぶんと首を振ると、くのいちはにこりとして甲斐姫を手招きする。
「稲ちんだよ。信幸さまのお嫁さん」
「へー・・・」
挨拶するより早くじろじろと甲斐姫に見られて、稲は不快を隠さずに眉根を歪める。
そんな稲など気にせずに、
「本当は小田原の本陣にいるはずだったのを信幸さまが連れてきちゃったらしい」
「そんなことは――」
稲が顔を赤くしてくのいちを止めようとした時、あーと甲斐姫が低い声をうめき声を上げる。何事かと稲が驚いていると、
「あー、いいな!私ももてたい!!」
「はぁ?!!」
「甲斐ちんは黙ってりゃいいんだよ」
ね、とくのいちに同意を求められ、目の前にいる美姫にその通りかもしれないと思いつつも同意するわけにもいかず、曖昧に笑うことしか出来ない。
「どこかにいい男いないかな!?」
「――さぁ・・・」
――やっぱり。
やっぱり自分とは合わないだろうと稲は思った。
【戻る】【前】【次】
PR