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城内が騒がしい。
出陣の準備に皆が忙しく、慌しい。
その喧騒に誾千代は、耳を傾けながら、不思議な気持ちになった。
今度の戦に誾千代は、参陣しない。宗茂だけだ。
戦場に向かう時、必ず宗茂が一緒だった。
宗茂が立花家に婿入りしてからずっと戦場を共にしてきた。けれど、今回は宗茂だけ。
取り残された――そんな気持ちがしないでもない。
小田原攻めが終わり、時代は豊臣の天下。
戦はもうなくなるのだろうか、と多くの者が思っていたが秀吉は、突如、朝鮮に侵略を計画し、実行に移しはじめた。宗茂はそれに従い、今朝鮮に渡ることになった。
当初、誾千代も行くつもりだったが、ふたり共に領地をあけるわけにもいかず、誾千代が残ることになった。不服がないといえば嘘になるが、仕方がないと諦めるほかない。
縁をきしりと鳴らしながら、宗茂の書斎へ向かい、一声かけてから障子戸を開けば、そこにはだらしなく寝そべった宗茂がいた。
誾千代が入ってきても別段気にする素振りもない。
目は瞑っているが寝ているわけではなさそうだ。
けれど、声をかけるのもなんだか面倒で、誾千代は渡航する家臣一覧が書かれた書を置いて、出て行こうとするが、
「無関心か」
宗茂が言った。誾千代は足を止めて、宗茂に振り返る。
相変わらず目を瞑ったまま寝そべっている。
誾千代は、しばらく宗茂を見ていた。無関心か、と言われても、お前とて私が入ってきても寝そべっているだけではないか、と反発する気持ちを押し隠して、無言のまま夫を睨めば、宗茂がむくりと上半身を起こした。
「お前が俺に構うわけないか」
「――・・・」
訝しげに誾千代は、宗茂を見る。
しばらく無言のまま見据えあったが、やがてふっと宗茂が緩く笑った。
「俺が立花に来てから初めて、お前なしの戦だな」
「――」
「国が違えば、戦も勝手が違うだろう」
「――・・・」
珍しいこともあるものだ、と誾千代は思った。宗茂の声が、なんだか頼りないのだ。
いつも自分の先をいき、余裕そうに見える男が珍しい。
お前でも弱気になる時があるのか――そう言おうと唇を開きかけた時、宗茂が懐から何かを取り出し、誾千代に投げつけてきた。
宗茂が投げつけてきたそれを受取り、誾千代はまなじりを吊り上る。
紅壷なのだ。少しは女らしくしろ、とでも言いたいのかと文句を言おうとしたが、
「お前の部屋に大切そうに飾ってあるやつは空だろう」
と言われ、誾千代は吊り上げたまなじりを緩める。
宗茂が言う紅壷は、それは子供の頃、母からもらった物で部屋に飾っている。女らしい装飾品などはない殺風景な部屋の中で、唯一女らしいもので、目立ちもした。
その紅壷は母が父から貰ったもので、空になったそれを幼い頃、ねだって貰い受けた。
玩具代わりにしてしまい、母に大切にしてね、ときつく叱られた。
「あれは母の形見だ」
「えっ?」
「だから、大切にしている」
「そうなのか」
少しだけ落胆した様子の宗茂に誾千代は、
「化粧には興味はない」
と投げ返す。受け取った宗茂は明らかに不快そうに眉根を歪ませる。
紅壷を飾っている誾千代に、宗茂は誾千代も紅にぐらいは興味があるのかと思って手に入れたのだろうが、誾千代にはそれを素直に喜び受け取れる素直さよりも、そんなものになど興味はないと突っぱねてしまう意地の方が強い。
「でも、まぁ、つけてみろよ」
差し出して宗茂に、ぷいっと誾千代は顔を背ける。
「嫌だ」
短く言い切った。が、ふっと思いついて、
「紅をつけた私が見たければ――」
唇を開いて、その唇の端をにやりと揺らす。
「無傷で朝鮮から帰ってくることだな。その時、つけてやろう」
「――・・・」
一瞬の間の後、宗茂が笑った。
「いつもと違ってお前がいなければ、心配事が減る分、楽だ。俺が怪我をするわけがないだろう」
「それでは私がまるでお荷物みたいな言い方だな」
むっとして言い返せば、宗茂はそんな誾千代をからかうように楽しげににやにやと頬に笑みを浮かべている。
「せいぜい勝手の違う異国で、頑張ることだな。立花の名だけは汚すな」
絡みつくような宗茂の視線を振り払うように、ピシャリと言うと誾千代は、足早に部屋を出て行く。音をたてて障子戸を閉めながら、
――頼りなさそうにされているより、今の方がいい。
そう思った。
いつも自分の先を行く余裕そうな宗茂の方がいい。そちらの方が宗茂らしい。
きっと宗茂は異国でも立花の名を汚すことなく、見事に戦うだろう。
そして、無事帰ってきて、紅をつけてみろ、とにやりと笑うだろう。
出陣の準備に皆が忙しく、慌しい。
その喧騒に誾千代は、耳を傾けながら、不思議な気持ちになった。
今度の戦に誾千代は、参陣しない。宗茂だけだ。
戦場に向かう時、必ず宗茂が一緒だった。
宗茂が立花家に婿入りしてからずっと戦場を共にしてきた。けれど、今回は宗茂だけ。
取り残された――そんな気持ちがしないでもない。
小田原攻めが終わり、時代は豊臣の天下。
戦はもうなくなるのだろうか、と多くの者が思っていたが秀吉は、突如、朝鮮に侵略を計画し、実行に移しはじめた。宗茂はそれに従い、今朝鮮に渡ることになった。
当初、誾千代も行くつもりだったが、ふたり共に領地をあけるわけにもいかず、誾千代が残ることになった。不服がないといえば嘘になるが、仕方がないと諦めるほかない。
縁をきしりと鳴らしながら、宗茂の書斎へ向かい、一声かけてから障子戸を開けば、そこにはだらしなく寝そべった宗茂がいた。
誾千代が入ってきても別段気にする素振りもない。
目は瞑っているが寝ているわけではなさそうだ。
けれど、声をかけるのもなんだか面倒で、誾千代は渡航する家臣一覧が書かれた書を置いて、出て行こうとするが、
「無関心か」
宗茂が言った。誾千代は足を止めて、宗茂に振り返る。
相変わらず目を瞑ったまま寝そべっている。
誾千代は、しばらく宗茂を見ていた。無関心か、と言われても、お前とて私が入ってきても寝そべっているだけではないか、と反発する気持ちを押し隠して、無言のまま夫を睨めば、宗茂がむくりと上半身を起こした。
「お前が俺に構うわけないか」
「――・・・」
訝しげに誾千代は、宗茂を見る。
しばらく無言のまま見据えあったが、やがてふっと宗茂が緩く笑った。
「俺が立花に来てから初めて、お前なしの戦だな」
「――」
「国が違えば、戦も勝手が違うだろう」
「――・・・」
珍しいこともあるものだ、と誾千代は思った。宗茂の声が、なんだか頼りないのだ。
いつも自分の先をいき、余裕そうに見える男が珍しい。
お前でも弱気になる時があるのか――そう言おうと唇を開きかけた時、宗茂が懐から何かを取り出し、誾千代に投げつけてきた。
宗茂が投げつけてきたそれを受取り、誾千代はまなじりを吊り上る。
紅壷なのだ。少しは女らしくしろ、とでも言いたいのかと文句を言おうとしたが、
「お前の部屋に大切そうに飾ってあるやつは空だろう」
と言われ、誾千代は吊り上げたまなじりを緩める。
宗茂が言う紅壷は、それは子供の頃、母からもらった物で部屋に飾っている。女らしい装飾品などはない殺風景な部屋の中で、唯一女らしいもので、目立ちもした。
その紅壷は母が父から貰ったもので、空になったそれを幼い頃、ねだって貰い受けた。
玩具代わりにしてしまい、母に大切にしてね、ときつく叱られた。
「あれは母の形見だ」
「えっ?」
「だから、大切にしている」
「そうなのか」
少しだけ落胆した様子の宗茂に誾千代は、
「化粧には興味はない」
と投げ返す。受け取った宗茂は明らかに不快そうに眉根を歪ませる。
紅壷を飾っている誾千代に、宗茂は誾千代も紅にぐらいは興味があるのかと思って手に入れたのだろうが、誾千代にはそれを素直に喜び受け取れる素直さよりも、そんなものになど興味はないと突っぱねてしまう意地の方が強い。
「でも、まぁ、つけてみろよ」
差し出して宗茂に、ぷいっと誾千代は顔を背ける。
「嫌だ」
短く言い切った。が、ふっと思いついて、
「紅をつけた私が見たければ――」
唇を開いて、その唇の端をにやりと揺らす。
「無傷で朝鮮から帰ってくることだな。その時、つけてやろう」
「――・・・」
一瞬の間の後、宗茂が笑った。
「いつもと違ってお前がいなければ、心配事が減る分、楽だ。俺が怪我をするわけがないだろう」
「それでは私がまるでお荷物みたいな言い方だな」
むっとして言い返せば、宗茂はそんな誾千代をからかうように楽しげににやにやと頬に笑みを浮かべている。
「せいぜい勝手の違う異国で、頑張ることだな。立花の名だけは汚すな」
絡みつくような宗茂の視線を振り払うように、ピシャリと言うと誾千代は、足早に部屋を出て行く。音をたてて障子戸を閉めながら、
――頼りなさそうにされているより、今の方がいい。
そう思った。
いつも自分の先を行く余裕そうな宗茂の方がいい。そちらの方が宗茂らしい。
きっと宗茂は異国でも立花の名を汚すことなく、見事に戦うだろう。
そして、無事帰ってきて、紅をつけてみろ、とにやりと笑うだろう。
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