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2024/11
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夏の陽が、青空の真ん中にのぼっている。
坪庭にある木の葉に絡みつくように輝いた日差しが、信幸の目の中に降ってくる。そのまぶしさに瞼を細めていると背中から、

「珍しいな」

と声をかけられ、振り返れば石田三成の姿。珍しいな、と言ってから思い出したのか、

「徳川殿の供か?」
「ええ」

そうか、と三成は言うと、もう信幸のことなど見ておらず、信幸が先ほどまで見ていた木の葉を彩る陽射しを睨むように見つめている。
信幸は、家康の供のひとりとして伏見城にいた。
じじ・・・、と始まった蝉時雨が、たちまち洪水になった。
三成は一瞬、その賑やかさに気をとられたようだが、平淡に流れていた時の風が、ふと引き締まるのを感じたその時、真田殿、と声が廊に響いた。
呼んだのは、井伊直政。

「こんなところにいらっしゃいましたか」

そう言って近づいてくるものの視線は、三成へと注がれている。
視線が合ったはずなのに、三成はさも気づいていないかのような素振り。
それは直政も同じこと。

「姿が急に見えなくなりましたので、どうしたのかと思いました」
「伏見城は久しぶりなので迷いまして」
「しかし、うるさいですね」

蝉の鳴き声に直政が、そう言うと三成をしっかりと見据えて、

「殿下のお休みの邪魔にならなければよろしいですが」
「お気遣いありがたく存じます」

そっけなく三成が答える。
そのままふくらむの蝉の声をぼんやりと見つめていたが、ふと蝉時雨がやんだので、

「おふたりは似てますね」

ぽつり信幸が言えば、ふたりとも嫌そうに眉根を潜める。
女かと見間違えるような容姿で、醸し出す雰囲気が冷徹さを感じさせるが、差し引いてあまるほどに美しい。矯飾など無縁な深い眼差しは見る者の目を奪う。
神経質そうな眉を歪ませる両者に、ほら、似ていると信幸が笑う。

「立場違えば、親しくなれるかと思うのですが」

三成も直政も何も答えない。
けれど、互いに無言の視線を注いでいる。
ふたりとも相手が誰であれ媚びないきっぱりとした態度ゆえに、人にも嫌われやすいが、一度親しくなれば、それはただ不器用な性格をしているだけのことと分かる。
そして、ふたりとも奇妙なまでに静かな瞳の奥にいつも強いと灯が揺らいでいる。
静かに強く確かな――鋭いものを秘めた瞳。
信幸を挟んで、その瞳を合わせていたふたりに、

「しかし、両手に花、といったところでしょうか。侍女たちに睨まれそうだ」

笑いながら信幸が言えば、

「人のことをとやかく言える顔ではないだろうが」

三成が言い、同意しかけたらしい直政だったが、顔を反らす。
そうですかね、とのんびりとした声音の信幸に、三成はゆっくりと瞼を閉じると、何も言わずにそのまま去ってしまう。

「――石田殿と親しいようですね」
「私が、というよりも弟がですね。それに石田殿の妻は我が母の妹でもありますので」
「幸村殿も――」

言いかけて、ふと考え込んだような様子を見せたが直政だったが。

「しかし、殿がおっしゃるように貴公は奇妙な方だ」
「――どこがでしょう?」
「飄々と穏やかそうでいて他人と関わることを避けているようにも見えるのに、他人の心に入り込んでくるのがうまい」
「初めてそんなことを言われました」

信幸は、腑に落ちないような目を頼りなく揺らすと、

「他人と関わることを完全に避けることは出来ませんし、まぁ、人間ひとりで泣いたり苛立ったり怒ったりは出来ますが、ひとりで笑うことは難しいですから、結局笑っていたければ他人と関わるしかないですから」
「ひとりで笑うのは難しい・・・」
「出来ないこともないですが、むなしいだけでしょうね」
「確かに」

一瞬の間の後、直政は珍しく柔らかく頬を揺らした。

「しかし、暑いですね」
「ええ、本当に」

再び降る蝉時雨。風をやく太陽。空の色も蒼に抜けて――。
その数日後。

信幸は、秀吉の死を家康からの使いより知らされた。




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