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離縁・・・。

一度唇に走らせたその言葉を止めることはできなかった。


「離縁してください!」


今なら間に合います。
本当は幸村と戦いたいはず!
私との婚姻が幸村と袂を分かつ理由のひとつなら、
離縁してください。


冷静に告げたと思う。
ずっと考えていたのだ。幾度も頭の中で繰り返して練習してきた言葉たち。

信之と幸村が袂を分かれたと知らせを聞いた時から、考えていた。



離縁してください。

稲の言葉を受けて信之は一呼吸。
けれど、戸惑った様子も悩んだ様子もなく、

「三成や幸村と組み、家康様と戦う、か。私にはできない…」

信之はそう言った。

「この乱世を治められるのは家康様だ。稲のことはなくても、私は徳川側についただろう。」

その口調に淀みはない。

「人は、弟を共を捨て保身に走る卑怯者と蔑むだろうがな。」

信之の言葉を受けて稲は

「信之様…!」

と夫の名を呼ぶ。


「すまないな、こんなことになってしまって」
「…侘びなど欲しくありません!」

ついて来いと、ただ、そうおっしゃってください。稲は、真田の人間、信之様の妻なのです」

信之の瞳が、揺れた。
ありがとう、そう言っているようだった。


稲は、そっと信之に近づいて、その手を取る。

「稲?」
「私は…、私はこの手を離さないでいいのですね」


途端、一粒涙が零れた。
稲の手に包まれたままの信之の手が静かに動き、稲の涙を拭う。


 ※


そうか、と三成は呟いた。
真田家の分裂を幸村は報告に来た。その話を聞いて、三成は「そうか」とだけ言うと押し黙った。隣の大谷吉継が三成と、幸村を交互に見て、ふっと笑ったように見えた。


幸村は、そんな友を見つめながら、兄-信之の言葉を思い出す。


「三成の志は分かる。」

兄はそう言った。


「だが、それだけでは戦には勝てん。家康殿は三成以上の…」
「勝ち目のない友を見捨て、強者に寝返ると?!」

それでは真田の意地が立ちません!

幸村の叫びの矢を、信之は、

「意地を曲げても、守らねばならぬものがある」

と言葉で撃ち落としてきた。

「もののふが意地を捨て、何が残るのです!」
「武田や織田の行く末を思い出せ。家がなくなればもののふですらない。」
「魂があれば戦える」
「三成につけば死ぬと言っている」
「それが本望!」


信之様!くのいちが止めに来た。

そして、


「兄上、許して下さい」


私には、意地を貫くことしかできません・


「たとえ兄上と敵味方となろうとも!」
「幸村」

兄の瞳に動揺が走ったのは事実。
正直、いけるのではないかと思った。ここまで言えば兄は三成につくのではないかと思ったのは本音。
しかし、

「ご武運を」

そう踵を返すと、背に聞こえてきたのは


「戻れ、幸村」

戻れ、という言葉。
なぜ。
なぜともに来てくれないのだ、兄上。


ぼんやりと思い返していると吉継が、

「信之は」

と薄い笑みを浮かべながら、


「信之は強いな」

と言った。
その言葉に三成も幸村も、眉をひそめるが構わず吉継は続ける。


「信之は強い。寝返り者、裏切り者と言われてる道を選んだ。これも強さだ。信之のこれも意地だな」

「兄上の意地?」


裏切り者となることが兄上の意地なのか?!

幸村は拳を強く握ると、呻くように言う。


「兄上・・・」



【次】


 

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