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あやつは信繁に似ている。
どこまでもまっすぐ…己の信念に死す男よ。

亡きお館様の声が聞こえる気がする。
信之は馬を走らせながら、脳裏に浮かぶあの日の信玄を思い浮かべる。
信玄は信之に幸村は「どこまでもまっすぐ…己の信念に死す男よ。」と評した。
それを受けて、

「もし弟を失えば、私はお館様のように振る舞えないでしょう」

信之はそう言った。

それでは幸村が悲しんじゃうよ。

「堂々とせよ、信之。しなだれた背中を幸村に見せてはならん」

信玄にそう言われた。
信之は、今の自分は幸村にはどう見せるのだろうと考えた。
しなだれていると見るか?
裏切り者の憎き背と見るか?

---幸村。

口腔で呟く。


家康に会いに小山に向かう道中。
信之の頭に浮かぶのは昔のことばかり。

父は言った。


「信之、お前はその知をもって家を盛り立てよ。幸村、お前はそ武をもって真田の戦を示すのだ。」


幸村はきっと示すだろう。
真田の戦を。

なら、私はーーー。


  ※

 

その睫毛の奥の瞳に楽しさすら浮かべていそうな吉継の目が、幸村は気になって仕方がない。
そして、同じように諦めすら浮かべている三成の目も。

「兄上の離反をもっとふたりは怒ると思っていた」

幸村がそう言えば、吉継の瞳が薄く笑った。

「信之は聡い。だから、恐ろしい。」
「え?」
「そして、信之は見ている」


吉継が三成を一瞥すれば、それを受けて三成は、

「吉継が言っただろう。天下とはいったい何か。そして、信之は煙に巻くような言葉だと。」
「・・・」
「あいつは分かっているのかもしれないな。煙の正体を」
「兄上が?何を?」
「幸村、お前と一緒で信之は戦では味方にすればこの上なく心強い。そして敵とすればこの上なく恐ろしい。そして、戦場ではない場所でも信之は、敵でも味方でも時に恐ろしい」
「・・・どういうことです?」

幸村には意味が分からない。
兄が恐ろしい?
幸村には優しく、強く、常に冷静で頼もしい兄だ。
その兄が?

「信之は、野心がないのが救いだ」
「どういうことです?」
「信之が見ているのは天下だということだ」
「?!まさか!兄にそんな野心はない」
「そうだ。野心はない。そういう意味での興味はないだろう。ただ見据えているのだ。信之は強い。寝返り者、裏切り者と言われてる道を選び、天下の行く末を見定めて、幸村お前とは違う意地の道を行く」
「それでは兄上が選んだ家康が勝つといっているようなものではないですか!」
「戦は始まってみなければ分からない」
「なら!」

幸村、と静かに吉継が制する。

「信之の離反は残念だ。友をも失ったのだから。けれど、ほんのわずかに安堵している」
「・・・」
「この戦に勝ち、豊臣の世になったなら、その治世を見るだろう信之の目がなくなると思えば、安堵する」


三成の言葉の奥に潜むものを感じようと思う気持ちと、兄が今何を見ているのだろうかということが同時に頭を渦巻、幸村は言葉が浮かばない。

ただ---。。

 

その治世を見るだろう信之の目がなくなると思えば、少し安堵する。


三成の言葉を反芻する。
この戦、勝てば裏切り者の兄はどうなる?

 

 

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