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「また申し上げますが上田は捨てましょう」

そう言ったのは信之だ。
その言葉に一斉に視線が集まるのを気にも留める様子もなく、朗々と続ける。


徳川秀忠軍と信幸の真田軍が合流した後、裏切った真田の上田を攻め落とすこととなり、小諸で評定が開かれた。秀忠には徳川の譜代大名が集められている。
その評定の場では信之は身を置くだけの立場であったが、信之は上田に向かい降伏せよと説得するよう命じられた。

その時も、

「上田は捨てましょう」

信之はそう言った。
身内の城だからか、本当は我々を裏切る為の策を---野次が飛ぶ中、信之は息をひとつ吐き落とし。
そして、とても面倒そうに、

「上田城には我が父はいます。面倒な男です。放っておくのが一番です。上田を捨て先に進むべきです。相手にして疲労するだけは避けたい」

そして、懇願するように訴えたが、聞き入れられることはなく。
信之は国分寺で父の昌幸に会い、降伏を薦めたが「そう言うのももっともだ」という言葉しか引き出せなかった。
再度の説得を命じられて、信之は「また申し上げますが、上田を捨てましょう」と。


それから、地図を指さして、


「その城、戸石城に幸村が入ったと聞いております。その武は皆様のご存知の通りかと思います。兵は無駄にしたくありません。どうしても上田を落としたいのでしたら、私と、そうですね、本多の身内を残していただき、秀忠様方には先に進んで欲しい。私が戸石を攻めれば、幸村は戸石を捨て、上田に入るでしょう。まずは分散した真田の兵を上田に集めるのはどうでしょう?」

秀忠に促す。
あくまで主体は秀忠だ。
けれど有無を言わせないように、その瞳を見据えて、頷くように促す。
真摯に真っ直ぐに。そして、強く。

かすかな秀忠の俯きにも似た首を諾と取り、信之は強引に策を通す。

秀忠の何か言いたげな視線に気付かず振りをして。



  ※



「開け渡せだと?!それに、いったい何を・・・!」


幸村の怒号に、くのいちは肩をすくめる。
戸石城を信之が攻めるとの知らせに瞬間、幸村は怒鳴っていた。
しかも、それを伝えてきたの信之自身からの書状。

「幸村様・・・」

すまない、と小さくくのいちに言うが、苛立ちは止まらない。
もう一度兄からの書状に目を落とす。


「兄上は…、何なのだ」


真田の兵同士でやり合うのも馬鹿らしい。城を開け渡せ。まだ兄弟でし合う時期ではない。


書状には簡潔にそう書かれている。

「いったい何を・・・」


---まだ兄弟でし合う時期ではない。

「どういうことなのだ?」


我々がし合う時が来るというのか?
兄上はそういう日が来ると思っているのか?


「兄上!」

幸村が思わずその書状を破り紙を散らせば。
舞い散る紙は、まるで桜の花弁のようで。
それは遠き日。
兄弟で稽古をしたあの頃。
咲いていた桜。


それを嫌でも思い出させる。

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