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2024/11
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木立の中。
風が吹いただけのようなさりげなさ。
木の葉が地面に落ちただけ。そんな風に稲の目の間に現れたのはくのいち。
戦場に出る準備をしていた時、奥に何か感じるものがあり、稲が視線を走らせたら、

「くのいち・・・」

くのいちは幸村の配下。敵味方と別れた相手。
しかし、以前もこんなことがあったと思いだす。くのいちに乗せられるがままに戦を仕掛けようとしていることを言ってしまい、ひどく後悔をしたことがある。
それも遠い思い出。


「何をしているの。もう何も情報を洩らしませんよ」
「そんなこといいよ、稲ちん」

元気なさ気に上目使いであまえるように稲を見てくるくのいち。

「なんでこうなっちゃったのかなぁ」
「・・・ここにいては危ないわ、行きなさい」
「一緒に来てくれない?」
「え?」
「稲ちんが来たら信之様も来てくれるんじゃないのかなぁ、なーんて」
「くのいち・・・」
「幸村様、信之様に戸石城を明け渡しちゃった」
「・・・そう」

まだ稲にその情報は届いていなかった。

「まだ兄弟でし合う時じゃないって信之様が言ってきたの」
「・・・」
「信之様のお嫁さんの稲ちんが徳川の養女だから、兄弟が」
「そういう縁の話だけではないわ」

くのいちの言葉を遮って、稲は続ける。

「私との婚姻が幸村と袂を分かつ理由のひとつなら、離縁してください」
「え?」
「信之様にそう言ったわ」

どう言葉を続けようか悩みを含んだ溜息をひとつ落としてから、稲はくのいちを真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりと近づく。

「信之様は言っていたわ。人は、弟を共を捨て保身に走る卑怯者と蔑むだろう、と」

ねぇ、と稲はくのいちの手をそっと掴んで、包む。

「見えてるものはもう兄弟でも違う」
「でも、稲ちんが来てくれたら」
「無理よ。私は家康様の養女で」
「真田の人間でしょう!!!!」

くのいちが叫んだかと思うと、稲の手を振り払い、抱き着いてくる。
その駄々っ子のようなくのいちの肩をそっと離して、すぐにでも泣きそうなくのいちの顔を見て、


「行きなさい。ここにいては危険よ。兄弟はもう見てる世界が違う。ただそれだけ」
「同じ真田でしょう!あんな・・・、あんな苦しそうな幸村様もう見たくない」
「見たくないのなら、あなたがこちらにくればいいでしょう?」
「そんなことできないもん!」
「同じよ!同じことよ!あなたも私も!」


くのいちはぷいっと顔を反らした瞬間、まるで風のようにすっと稲から離れる。


「結局、稲ちんは徳川側の人間なんだ」


くのいち----名前を呼ぶより先にその姿は、もう遠くに行っていて。
最後に一瞬振り向いたくのいちと目が合った。


「くのいち・・・」

真田に来てからなんだかんだとからかわれるようであったけれど、一緒に鍛錬したり、信之の愚痴を聞いてもらったり。
こうなった今。


「私も友を失ったのね」


稲はそっと手を見つめる。
先ほど確かに感じたくのいちの体温が、もう消えていく。

 


  ※

 

「離縁・・・、義姉上がそう言ったというのか?」

戸石城をあっさりと開け渡して上田城に入った幸村。
その上田城の一室。

幸村が、戻ってきたくのいちにまずは心配からの叱りと、勝手なことをした叱責を向けたが、すぐにくのいちの言葉に口を閉ざしてしばらく黙った。

---どこに行っていた?
---稲ちんに会ってきました。
---今はもう敵ではないか!
---稲ちん、離縁してくれって言ったんだって!兄弟が袂を分かつ理由が自分なら離縁してって。
---離縁・・・、義姉上がそう言ったというのか?


くのいちは、黙ったままの幸村の横顔を見つめた。
稲の言葉を幸村はどう受け止めたのだろう。そして、それでも豊臣につかない信之をどう思っているのだろう。


「あと、兄弟はもう見てる世界が違うって言われた」

幸村は、ちらりともくのいちを見ずに、口を閉ざしたまま。
聞こえているはずだし、きっと何かその胸の内に刺さったはずだ。
けれど、幸村は無言。
ただ色々考えを巡らしているのは分かる。


ひとりにしてあげた方がいいのかも、とくのいちが部屋を出ようとしたら、


「武田や織田の行く末を思い出せ。家がなくなればもののふですらない。」

幸村が言った。
聞いたことあると記憶を手繰ろうともせずとも瞬間弾かれたように、その時の光景が目に浮かぶ。
兄弟が袂を分かったあの時。


「兄上はそう言っていたな」

くのいちは頷く。

「兄上と見てる世界が違う・・・か」

独り言のように落とした呟き。
それを独り言として受け止めたくのいちだったが、

「散らないでくれ、と兄上が以前私に言った」
「幸村様?」
「花が散り、残された幹はただただ寂しい・・・と」
「・・・」
「ただ」
「・・・ただ?」

いや、何でもない、と幸村は続けようとした言葉を蹴散らす。


「兄上には見えているらしい。煙の先にある天下が。私にはそれが見えない」

 

 

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