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先駆けを合図に、戦闘が始まる。
真田昌幸・幸村、徳川秀忠両軍の名乗りやら、馬のいななき、名のある武将の首を求める声。
信之はそれを陣から、少し離れたところで木に凭れながら眺める。
上田城では、こんな小競り合いが繰り返されている。
生憎天候も悪く、すぐにでも激しい雨が降りそうだ。
「時間がないな・・・」
信之がぽつり言う。
それは独り言である。それを落とした後、再度秀忠の説得に向かおうと考えていると、遅れて上田にやってきた稲が近付いてくるのが見えた。
「義父上と幸村はどうしているでしょう?」
「碁でも打っているのでは?」
「・・・それは」
ありえないことでもないので、稲は言葉を濁す。
幸村はともかく、義父の昌幸はそういうところがあることは稲も分かっている。
「信之様はいかないのですか?」
「私の考える策など、父と弟には見破られる。どうせ先に行かせない時間稼ぎしか考えていないのでしょう、上田城は」
「本格的に仕掛ければ」
「負けるでしょうね」
さらりと言う信之を稲は見上げる。
信之は稲を見ない。
信之が見ているのは---?
同じものを見ようとした時。
「この木は桜、ですかね」
信之が言った。
「え?」
信之がもたれかかっていた木を見上げていた。
「多分そうだと思います」
「幼き日、桜の木のふもとで幸村と稽古をしたものです」
「・・・」
遠き記憶となった幼き日の日々の輪郭を辿るように信之が遠くを見やるのを、稲は黙って見つめる。
しばしの沈黙の後、信之が薄く笑う。
「感傷的になっているらしい」
はは、とほんの少し睫毛を揺らす信之に、稲の心はぎゅっと締め付けられる。
私は・・・。
くのいちの言葉がふと蘇る。
「結局、稲ちんは徳川側の人間なんだ」
そうよ、と心の中で呟く。
徳川側だからこそ、できることもあるのよ、くのいち。
※
「お前とやっても面白くない!!!」
父の癇癪に幸村は、苦笑するしかない。
碁の勝負をしていたが、自分が相手ではつまらないと言われてしまった。
「では、上田の合戦を終えて兄上とやればいいではないですか」
「信之ねぇ・・・、あいつも今何してるんだが」
はぁ、と息を落とした父だったが、それに兄を案ずるものは感じられない。
「信之は苦労してるだろうな」
そうも言うが心配からではないのが分かる。どこか楽しそうなのだ。
父からしたらどちらが勝っても、負けても「真田家」だけは残るはずなので、楽しい賭けをしているつもりなのだろう。
その時。
家臣が外の小競り合いの状況を、報告に来た。
話を聞いた昌幸が、
「なんで信之の策を使わないのか、徳川は」
と言う。
「なぜ兄上の策ではないと分かるのですか?」
「お前は分からないのか?」
父に、心底不思議そうに言われて、幸村は口を閉ざす。
幸村にとって大切なのは「誰の策」ではなく「戦い、そして、勝つ」である。もののふの意地こそが大切なのだ。
まぁ、いい、と昌幸が言葉尻に呆れを滲ませた後、
「武勇にたけるだけが強さではない。それは覚えておけ」
そう言いながら、幸村を見てきた。
父の目は兄と似ている。いや、逆だとは分かっている。
普段は似ているとは思わないが、こういう時--何かを言い聞かせようとか、そうする時の視線の使い方が似ている。
あの時---
「武田や織田の行く末を思い出せ。家がなくなればもののふですらない。」
そう言われた時の目と似ている。
「父上はかつて言われましたね」
---信之、お前はその知をもって家を盛り立てよ。幸村、お前はそ武をもって真田の戦を示すのだ。
そうだな、と静かな声音で答えた昌幸を幸村は、見据えながら言う。
「兄は天下は煙に巻くような言葉だと言いました。そして、三成殿は煙の先が兄上には見えているのかもしれないと言いました。だから兄上は怖いと」
「とんだかいかぶりではないのか?」
愉快そうに昌幸は、からから笑う。
が、どこか嬉しそうだ。息子が褒められていると感じたのかもしれない。
しかし、
「信之は確かに見えているのかもしれない」
と笑いを止めた。
「日和見主義など言われるだろうが、武田や織田の辿った道から見たのだろう。家を盛り立てる道を。それに気付いている者には恐ろしいだろう。信之の行く先に天下人がいるのだから。しかし、その天下をとったものにとっても恐怖だろうな」
「なぜ?」
「信之に不審な動きがあれば、そちらに運が傾くからだ」
「・・・」
幸村に理屈は分かるような気がする。しかし、感情的には分からないことだった。
「今回も豊臣が勝っても、それで天下が統一されるとは思わない」
「父上、なら、なぜ父上は」
「儂は徳川が嫌いだ。だが、信之がいなければ仕方がなく徳川についただろう。情けないと思うか?」
「・・・」
もののふの意地よりも家。武よりも知。知と血。
外から聞こえてくる小競り合いの喧騒。
しかし、それは遠い場所のことのように思えていたが。
廊下に慌ただしい気配を感じた。
それと当時に、くのいちの「幸村様!」という声。
廊下をかけてくる誰かより、くのいちが早く部屋の襖を開けた。
「稲ちんが!」