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無謀なのは分かっていた。
けれど---。

肩で息をしながら稲は幸村を見据える。同じように幸村も、稲を見る。
上田での戦いを終わらせたかった。
稲は単身、上田城に向かった。
兵力の無駄。時間の無駄。消耗するだけだ。そして、何よりもう苦しそうな信之を見たくなかった。
突然現れた稲に、上田城は騒ぎになったが、すぐに幸村は現れた。驚いてはいたが、どこか悲しげで。
そして、幸村に挑んだ。
それを昌幸も、くのいちも見ている。

無謀なのは分かっていた。
けれど、稲はそうすることを止めることが出来なかった。

「信之様は」

ぴくり幸村に眉が動いた。
けれど、稲自身がその後にどう言葉を紡ぎだせば良いのか分からないまま、口に乗せた夫の名前。

「信之様は・・・」

再度、言葉を落として、首を振る。

「私は、徳川の人間です」

稲は宣言するように声を張り上げる。

「だから、私の首を取れば、もうそれでここは」
「義姉上!」
「稲ちん!!!」

今まで見守っていたくのいちも声を上げる。
稲はくのいちを一瞥してから、下唇を噛み締める。くのいちはそれに子供のように首をぶんぶん振って、「違う!そうじゃない!」と叫ぶ。
けれど声は届いていないかのように、幸村と稲が槍を、弓を合わせる音が響く。
瞬間、稲が弾かれ、地に足を着く。

「・・・」
「幸村、今ならまだ・・・」


くのいちは稲に「結局、稲ちんは徳川側の人間なんだ」と言ったから、だから、と後悔を滲ませて、ふたりを止めようとしたその時。

気配を感じた。


---え?


「くのいち、鈍ったか?」

柔和な声がして。
そして、くのいちの脇を通り過ぎたのは。


「下がっているんだ」
「信之様・・・」

 

なぜ?


そんな疑問と共に、ふたりでやり合わせてはいけない。
稲は恐怖を覚えた。だ、だめと止めたいのに声が出せない。
兄弟はもう互いしか見ていない。
ふたりの瞳に浮かぶ感情が読み取れない。
ただ睨みあい。
そして。
突き合う槍と槍。肉薄しあい、凄まじい槍音が互いの脇を流れる。


「幸村」


信之が、弟の名前を呼ぶ。


「・・・」

無言のまま見据えてくる弟に、信之は言う、


「話を聞け、と言っておとなしく聞くお前ではないな」
「・・・」

---こうなることは分かっていた。

信之は思う。だからこそ、どうしても引き伸ばしたかった。
それがいまではない、と思いたかった。


---それでも、私はお前を止めてみせる。

 

互いにじりじりと間合いをせばめつつ睨み合う。
長いのか、短いのか感覚がおかしくなる時間を、睨みあいに費やし。
一瞬の風と共に、


「やぁ!!!」

幸村が声を張り上げた。
信之をそれを受け止め、そして、間近となった弟を見つめる。


「聞け、幸村」
「今更何を!!!!」


「関ヶ原で合戦が起きた!!!三成は捕まった!」

信之が声を張り上げる。
見守っていた者は息をのみ、そして幸村もほんのわずかに力が緩んだ。
信之はその一瞬をついて、幸村の槍をやり返す。


「嘘だ!」
「私がそんな戯言を言う男だと思っているのか?」

幸村の激情を、信之は静かに見つめた後、ふと息をのんだ幸村に荒々しく幸村に近づいて。

「変なことは考えるな!ここで徳川に勝っても何も意味はない!!」

怒鳴る。


「!」

三成が敗れたのなら、今この上田で総力戦を仕掛け、そして、家康に挑めばいいと考えたことを読み取られた幸村は、虚をつかれ、腕の力が抜けるのが分かった。

 

「散らないでくれ」

兄の言葉を、幸村は再度頭で繰り返す。

チラナイデクレ。


「・・・」

「幹は」
「・・・」
「幹はまだ花を咲かせることができる」

 


その言葉に、兄を見れば。
その瞳にはいつもどこか孤独の影が見えた。
目が合えば、瞳に孤独を滲ませて、そっとそれを瞬きで隠してします。


---幹はまだ花を咲かせることができる。

 

けれど。

 

「花はまた咲いても、いずれ散る」

 

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