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少し前。
昌幸が、信之からの文が途絶えたことを気にしていた。
忙しいのでしょう、と答えていた幸村だったが、確かに今までこんなに連絡がなかったことはないなと思い、さすがに心配になった頃。
ひとりで槍の鍛錬をしていた時だった。
気配を感じて振り返れば、


「相変わらずだな」

ここにいるはずのない人物の声がして、瞬間弾かれたように振り返れば、そこにいたのは。
髪色も違い、商人のような扮装をしているけれど、分からない訳がない。


「兄上・・・」
「元気そうで安心した」

黒髪の髢を信之が取ると、それを家臣の鈴木忠重、通称右近が受け取る。
久しぶりに見た兄の銀髪と、涼やかな落ち着きを宿して見つめてくるその瞳に、幸村は堪らなく懐かしさと、不思議な違和感を感じた。


 ※


「思ったより元気そうではないですか。大草臥などと書いてくるのですからもっと大人しくしているものだと思ってました。まぁ、悪さできそうにもないのは安心しました」

信之が父、昌幸に言えば、昌幸はからからと面白げに笑い、よく喋った。
こんな嬉しそうな父は久しぶりに見たと幸村は思った。
元気に見えるのは、本当に久しぶりに嫡男に会えたからだ。
普段はすっかり衰えている。
父の嬉しそうな様子に安心するも、その一方で、信之が遠い存在にも感じられていた。
あれから―ー。
城の引き渡しの際も、その任と受けていた本多忠政、仙石秀久らが阻むように、信之に近づけないようにしており、信之は信之でそれを仕方がないと思っているのか、唇の端に苦笑を浮かべながら、幸村に視線をくれただけだった。
だから、言葉を交わすのは本当に久しぶりだった。

「幸村も相変わらずそうですし」
「お前は少し痩せたか?」

昌幸が言えば、

「誰のせいと思っているのですか?心労ですよ。」

皮肉を滲ませながら呆れたように信之は言うが、昌幸はそれさえも嬉しそうに受け止めて、

「儂より出世したな」

と言う。
それに信之は何も答えずに、

「私も病みがちになりましてね。そもそも丈夫な方ではありませんし」

と言い出す。
そして、真っ直ぐに幸村を見つめて、

「息子の補佐をしてくれないか?」

あまりにもさりげなく、何でもないことのように言う。驚き、


「・・・九度山まで来れる元気さがあるではないですか」

上ずった声で幸村は答える。

「熱病のようなものに冒されているらしく、時折高熱が出て手が痺れ、そんなことが続いたかと思えば、何事もなかったかのように治まる。それを繰り返している」
「・・・」
「徳川が許すわけがないでしょう」

やや間があってから、

「幸村は藩政の経験がないだろう。死ぬほどの病ではないのならお前がやればいい」

昌幸が言う。
信之は黙ったまま、口の端に緩く笑みを浮かべたが、すぐにそれを打ち消して、いつもの穏やかそうな笑みを浮かべる。
けれど、瞬間空気が変わった。
昌幸も感じたらしい。

「天皇陛下の譲位に伴い大御所様が上洛する為、それに併せて秀頼公と対面される運びとなっている。」

―――今後どうなる?

ただ微笑んでいるだけのような信之の目。そのくせ、幸村が自分から視線を反らそうとするのは許さない。執拗に幸村の目をおいかけ、執拗に微笑みかけ続ける。
こんな兄を幸村は、知らない。


 ※

夜も更けた頃。
すっ・・・と信之は、一点を指差す。

「ここは空堀」

それだけ言う。
幸村は、父が信之にまで徳川との戦いの仮想の話をするとは思わなかった。
昌幸が記憶をたよりに描いた大坂城周辺の図面を指差し、川に面していないその場所を指差す。
しかし、それ以上は何も言うつもりはないらしく、唇を閉ざす。
昌幸はそんなこと承知なのか、自分の考えと息子の考えが一致したのが嬉しいのか、満更でもない様子だ。

「信之は考えたことないのか?本多忠勝の言葉を受けて、徳川と戦う」
「私は好戦的ではないのでね。関ヶ原など本戦いに間に合わなくて安心したくらいですよ」

信之の言葉に、ふと三成や吉継と直接刃を向け合うことがなくて安心した気持ちがあるのだろうかと思う。
考えた策を信之に話す昌幸と、面倒ながら話を聞いてやっている信之を見て、幸村は父子が逆転したようだと感じた。

「なんだ、そんなだらしがないもののふに育てたつもりはないぞ」
「空想するだけなら自由ですが」
「秀頼公と家康の対面が不調和に終わり、戦が起きたらどうする?」

にやり昌幸が目元を楽しげに揺らめかせれば、信之はそれをさらりと交わして幸村を見る。

「幸村、お前は己の力をもて余していないか?」
「・・・え?」
「お前には意地を曲げても、守らねばならぬものがあるか?」
「・・・」
「幹が花を咲かせる意味。花が散る意味を理解しているか?」
「兄上?」

すっ・・・と信之は音もなく立ち上がると、襖を開いて、外を眺める。

「堂々とせよやら徳川に勝ち続けた真田の男として天下を見ろやら、真田の血は絶やさねば禍根となるやら、皆好き勝手言ってくれる」

外の闇を吸って、信之の銀髪は風に揺らめく。
愚痴のようなことを言いながらも、腕を組み、ただ闇を見つめている兄に、幸村は感じていた違和感の正体に気付いたような気がした。


その肩に楔のように討ちこまれた「真田の血」。
それを守る使命。
それを背負った兄は今、真田家の頂点なのだ、と。

 

 

 

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