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2024/11
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それは冬にしてはあたたかい陽射しの中、何かがすとんと抜けていくようだった。
何かが落ちたような、突き抜けていったような、いや、ちくりと胸に何かが刺さったような――よく分からない衝撃が誾千代の中にあった。
日課である鍛錬を終え、身支度を整え直した後。
宗茂は、稽古着のまま庭に降り、家臣や水を持ってきた侍女と談笑している。
別段変わらないいつもの風景。
なのに、どうしてだろう。気に入らない。
くるり踵を返して足取りが、知らず、とげとげと尖る。
誾千代は、地面に転がる枯葉の一枚を踏む。ぱりっと音をたてて葉は崩れた。



宗茂は、襖をちょっと引いてみる。すると、すぐに反応があり、

「何用だ?」

尖った誾千代の声がした。宗茂は答えずに襖を開いた。
誾千代は、刀を手入れをしていた。ちらりと一瞥すら宗茂に向けることない。
宗茂は誾千代の隣に座り込む。

「機嫌悪いようだな」
「別に」
「お前は機嫌が悪いと刀の手入れに時間をかける」
「――・・・」

その言葉に手を止め、刀を膝に置くと、宗茂を見た。視線が固い。
心の中で宗茂は首を傾げる。鍛錬の時はいつもの誾千代だった。その後、誾千代を顔を合わせていないのに、なぜ機嫌が悪いのだろう?

「――あっ、月のものか?!」

瞬間、風のような速さで誾千代が宗茂に刀を向ける。
降参だ、とばかりに宗茂は手をかざしてひらひらさせながら、

「違うのか?じゃあ、なぜ機嫌が悪い?」
「悪くなどない!」

刀を引きながら、誾千代はぷいっと顔を反らしたが、すぐに目線だけ宗茂に向ける。
そんな誾千代に、宗茂は口の端に笑みを浮かべてにやにやしている。機嫌が悪い、と言うが機嫌をとろうという考えはないらしい。そんなことをされても誾千代に突っ返されるだけだと分かっているらしい。
誾千代とて、自分が不機嫌だという自覚はあった。
けれど、それがどうしてなにか自分でも分からず、消化不良のもやもやした気持ちを、刀の手入れをすることで落ち着かせようとしていた。
けれど、からかうように面白がるように瞳を揺らす宗茂を見て、眉根が歪む。
いつもそうだ。
この男は人をからかって面白がって――家臣や侍女たちに見せるような笑顔を向けることはない。
それが面白くない。

「――・・・・」

気付いて、誾千代は目線も宗茂から離した。
戸惑った目線をどこへ向けるべきは分からず、下唇を噛み、落ち着かせるようにゆっくりと長い瞬きをする。
そんな誾千代をしばらくじろじろと眺めていた宗茂だったが、

「俺たちは幼馴染で付き合いも長いから、それなりに互いのことは分かっている。けれど、夫婦となったのはまだ最近のことだから、口に出して貰わないと分からないこともある。俺が何かしたか?それとも、俺の知らないところで何かあったか?」

と宗茂は言う。

「――・・・別に何もない。ただ・・・」
「ただ?」
「お前を見て苛立っただけだ」
「――・・・ふーん」
「どこへ行く?!」

立ち上がった宗茂に、誾千代は問いかければ、驚いた様子を見せた。

「俺を見ると苛立つのだろう?俺がいない方がいいのでは?」
「いいから、ここにいろ!」
「訳が分からない奴だな」

腑に落ちない様子ながら、宗茂は素直に再度座り込む。
すると、一瞬だけ安堵したのか誾千代の目が緩んだが、瞬きひとつですぐにまた固くなってしまう。
自分を見ると苛立つくせに、部屋を出て行くな、と誾千代は言う。

「訳が分からんな」

宗茂の呟きなど聞こえていないとばかりに、誾千代は再び刀の手入れを始める。
それを眺めていても仕方がないので、ごろりと寝転がる。
幼馴染から夫婦になって、互いのことは分かっているつもりでも、

「やっぱり分からないものだな」

ぽつり落とした宗茂の言葉に、誾千代は視線を向けると、

「何が分からないのだ?」

と言う。それに宗茂は、ふっと笑うが答える気はないらしい。
誾千代はそれに眉根を歪ませたが、手入れが終える気になったらしい刀をしまうと音もなく立ち上がる。

「どこに行く?ここにいろよ」
「――・・・」

先ほどと立場が逆だ、と誾千代は思いながら、にやにやと笑っている宗茂を睨む。すると、

「お前はいつも俺の前ではそんな顔ばっかだな」
「えっ?」
「機嫌が悪そうな顔をしている。本当に機嫌が悪いのか、そうでもないのかは分かるが、顔はいつもそうだ」
「――・・・お前だって、そうだろう?私を見るときは、いつもそうへらへらとからかうようだ」
「そうか?」
「そうだ!」

ふーん、と宗茂はさほど興味のない様子で唸り、だらしくなく寝そべったまま、腹に力のこもっていない声で、

「では、まぁ、お互いさまというところだな」

と笑うと、無言を返す誾千代に、やがてゆっくりと半身を起こし、

「お互いさまではないか、互いに互いが相手だとそうなるのか」

あぁ、そうか、とひとり納得する宗茂に、眉根を歪ませそうになった誾千代だが、すぐに気付いて止める。
けれど、宗茂は相変わらずにやにやとしている。
やはり苛立つと誾千代は、ぷいっと顔を反らす。

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