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鳥の鳴く声が橙色の夕焼け空に散ってゆく。
昼よりはいくらかひんやりとした風に乗って舞う鳥を宗茂は見つめた。
「あの鳥は何というのだろう?」
宗茂は、傍にいた実弟の直次に言う。
地図を見ていた直次は、顔を上げ、兄の視線の先を辿って、鳥を見つけた。
「兄上に、鳥を愛でる趣味があったとは」
「珍しい鳥じゃないか」
「カラスの一種じゃないですかね」
昔、と宗茂は言う。
「白と黒の珍しい鳥がいたから見ていたら池に落ちたと誾千代が言っていたことがあったから、ああいう鳥かと思って。渡り鳥なのだろうか?」
「あぁ、だからですか。兄上の言うことは義姉上に繋がることが多い」
「婿養子だから仕方ないだろう」
「そうですかねぇ・・・、結婚前からの気がしますけどね」
直次は、にやにやと笑ったような目をする。
それに宗茂は、ふいと目を直次から反らし、5つ年下の弟は思いのほか自分と似ているのかもしれないと思った。
直次は当然だが、誾千代のことを知っている。
結婚前は直次を連れて立花城に何度も行ったこともあり、誾千代が年かさぶって直次に接するのを面白かった。直次が泣けば、誾千代が優しくするので、それを羨ましくも思った。
「後で言葉が分かる者に聞いておきます。数羽捕まえて義姉上への土産にしたらどうです?」
「鳥が土産ね・・・」
「初めての上洛の時、土産も買わずに帰った人が何を言うんですか」
思わず宗茂が眉根を寄せるのを直次が笑う。
「誾千代が何か言ったのか?」
「義姉上がそんなことを愚痴ると思いますか?」
「いいや」
「私が、兄上は気がきかないなと思い続けていただけです」
「お前なぁ・・・」
初めて上洛した際、誾千代に何を買っていったら喜ばれるのかまったく分からず、結局何も買えなかった。そのことを直次は言っているのだ。
直次は、ただ単純に宗茂が、そういうことには気が利かないだけと思っているらしい。
直次は、もう興味が反れたのか先ほど見ていた地図に目を再び通し始めた。
宗茂もまた、橙色の空に溶けるように舞う鳥を見つめた。
小田原攻めが終わり、時代は豊臣の天下。
戦はもうなくなるのだろうか、と宗茂は考えていた。
武将としては物足りない、寂しいような気もしたが、世が平和になるのだから、それも良いと思っていた。
天下を取った秀吉は、日本諸国の経営に尽力を注ぐものばかりだと思っていた。
けれど、事態は違った。
突如、朝鮮に侵略を計画し、実行に移しはじめた。
そして、宗茂はそれに従い、今朝鮮に渡っていた。
「老いたのでしょう」
そう言ったのは、あの稲の夫――真田信幸だった。
言った本人が、そんな言葉など口にしていない。そんな素振りで言った言葉。
ともにいた忠興が、一瞬眉を潜め、鋭い眼光で信幸を見たが、信幸は知らん振り。
大坂城で偶然会った。
そして、会話を交わし、信幸がそんなことを言ったのだ。
思わず忠興と目を見合わせあい、聞き間違いかと思ったと後で話したぐらいだ。
けれど、言われて思う。
老いて、感情の歯車がおかしくなったのか。
宗茂も、朝鮮出兵は無謀だと思った。
朝鮮から中国、果てはインドまで征服しようなどという計画を初めて聞いたとき、言葉を失った。
秀吉は、挑戦征服を叫んだかと思えば、老いた母が死んだと聞き、肥前・名護屋の陣から飛んで帰って失神するまで異常なまでに嘆き悲しんだ。
少し後のことになるが、側室の茶々から生まれた拾に、底なしの愛情を注ぎ、その拾の邪魔になるだろうと思ったのか、関白職を譲った甥の秀次を切腹させている。
小田原攻めまでが秀吉の頂点だったのかもしれない。
口には出さないが宗茂は、そんなことを思った。
誾千代は今、柳川城にいる。
宗茂が朝鮮に渡るにあたり内政を誾千代に任せてきた為に柳川城にいる。
相変わらず別居は続いているものの、以前より態度が軟化した――ような気がする。
内政を任せたのが良かったのだろう。
文も頻繁にやりとりをするようになった。
互いに祐筆を使わずに自ら筆をとった。
誾千代は、意外にも線の細いやわらかい自体を書く。
無駄なことは書かれていない。
けれど、それだけでも嬉しいと宗茂は思う。
行間のわずかな隙に、思いやってくれている気持ちが伝わってくる。
秀吉の従臣になり、宗茂は京都に、誾千代は柳川にと離れていることが増えた。
だから、文を見るだけで今は、繋がっている。そんな気持ちになる。
そっと胸元に忍ばせた文を宗茂は、手で押さえた。
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メールとかあったら誾千代さんは「了解」しか返信しなさそう。