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降伏開城。

その言葉を、口にしたのは誾千代だった。
誾千代のその言葉に、家臣たちは騒然となった。
家臣たちは皆、誾千代は最後まで戦うと主張すると思っていたのだろう。
柳川を包囲する鍋島直茂、加藤清正と黒田如水から降伏するように使者が来た。
それを受けて開かれた評定。

「誾千代さまはいつからそんなに弱気になり申した!!」

頭が熱くなっている家臣のひとりが怒鳴るように誾千代に言えば、彼女は静かにそれを受け止めて、冷却する。

「無益な血は流したくない。今戦ったとしても寸進尺退なだけだ」

それから、静かに微笑んだように頬を揺らめながら、

「武士は領土を守り、民を守るために武器を持ったのが始まりだという。その領民を守るべき武士が、領民に血を流させてどうするというのだ?今まで立花の誇りの為に私なりに戦ってきた。立花が誇るべきものは――領民を守り、そして、領民から受ける信頼だとずっと思ってきた。我々が武器を捨て、降伏を受け入れれば領民たちも従うだろう。領民をすべて避難させることが出来るなら戦ってもいい。けれど、それは無理な話だ。けれど、我々が城を明け渡すことで安寧秩序となるなら・・・それが領民達に対する立花の誇りとなる」

そう言うと一瞬、悲しそうに寂しそうに瞼を伏せた。
けれど、再び顔を上げた時には、いつもの誾千代の毅然とした声で

「あくまで武士として今死にたいと申す者は、必要ならば私が介錯する」

部屋に響き渡る声で宣言するように言い切る。
誾千代の言葉に部屋は静まり返った。
誾千代の言葉の奥にあるもの――その者の首を切ったら私も死ぬ。
そんな覚悟が感じられた。
静まり返った後、がやがやと声が上がる。誰もが誾千代を死なせたくない。

「誾千代さま・・・」

立花道雪の頃から立花に付き従ってきた家老、由布惟信が呟いたきり黙りこんだ。
彼の言葉を待つかのように、皆もその沈黙に合わせた。

「宗茂殿は――どう思われる?」

やがて、由布は重いくちびるを開いた。
まだ体調が本調子でない為にか、今までずっと黙って皆の意見に耳を傾けていた宗茂が、

「それは困るな」

と頬に苦笑を滲ませながら言う。

「俺はまだ死ねないからな。」

つまりは――誾千代が死ねば自分も死ぬ、ということか。
家臣たちに動揺が走る。

「今ここで死ぬのは餓鬼だ。死を誇るな。生きろ――。」

宗茂が言う。それを受けて、由布が声をあげて笑った。

「仕方のないご夫婦だ・・・」



 ※


「風に当たってまた熱が出たらどうするんだ!」

障子を開け放ち、庭を眺めていた宗茂に誾千代の声がした。
降伏開城の準備の為に、家臣たちが慌しくしている声を遠くに聞きながら、宗茂は誾千代を手招きするが、誾千代は宗茂を睨みつけるだけ。
折れたのは宗茂。
誾千代が正座で座り込む前で立ち止まる。
宗茂がにこりと微笑めば、誾千代は宗茂が何を望んでいるのか分かったらしく、面倒臭そうに座り方を崩す。
その腿に頭を置いて寝転がる。
誾千代が宗茂の額に手を置く。あたたかい。

「誾千代は体温が高いな・・・」
「誰と比べているんだ?京あたりで女でも囲っていたのか?」
「嫉妬か?」
「――・・・」
「――っいてっ!」

ペシッと額をはたかれて宗茂は声を上げる。

「この庭は立花城のそれと似ているな・・・」
「似せて作らせたからな。でも、お前が落ちた池は金がかかるから再現できなかった」
「そんなこともあったな・・・」
「また戻ってこれたら作ろうと思う」
「戻れるつもりでいるのか?」

はははっ、と宗茂は笑ったかと思うと、急に真顔になる。

「後悔していないか?」
「思いのほかしつこい男だな、お前・・・」

後悔ならとっくの昔にしている――誾千代がそう言った声にはかすかに揺れが出た。
宗茂は、その揺れを敏感に聞き取ったが、何も言わない。

「お前と結婚すると決めた時から後悔している。だから、お前だから嫌だったんだ」
「お前だから嫌なんだ、と初めて言われた時」

結構傷ついた――宗茂は身体を起こしながら言う。
誾千代と向かい合って、見詰め合う。

「でも、俺も嫌だったんだ。お前が違う男に抱かれるなんて嫌だったんだ」
「――・・・宗茂・・・」

そのまま、腕の中に身を預けてきた誾千代を宗茂は抱きしめた。
誾千代は身動きひとつせずにいる。
宗茂もまた同じく身動きせずに誾千代を抱きしめる。



城内の騒然とした物音が、ふたりの鼓膜に鈍く響く。




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