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2024/11
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灯明皿に、ぽっと灯がともった。
その灯をともしたのは誾千代。
部屋の中が、ほんのり明るくなる。
明るくなった部屋の中、無防備に照らされた誾千代の横顔を、加藤清正は不思議なものを見るように眺める。
その視線が疎ましいのだろう。
誾千代は、ぷいっと清正から顔を隠し、縁の簀の子をきしりと鳴らすと、挨拶も残さず立ち去る。
そんな誾千代に、くくくっと宗茂は笑う。

「照れているんだろう」

宗茂が言えば清正も、そんなものか、と苦笑する。
甲冑を、武装をしていない誾千代を見たのが、清正は初めてなのだ。
だから、年相応の女らしい装いをしている誾千代が不思議に思えるのだろう。

「ああしていると別人のようだな」
「中身は変わってないぞ」
「それだけがひどく残念で、もったいない」

二人で声をあげて笑うと、柳川から誾千代についてきた侍女の春が、酒を持ってきた。そして、清正に勺をすると、

「誾千代さまが、見世物じゃない、と怒ってましたよ」

くすくすと笑いながら、そういい残して、部屋を出て行く。

「綺麗な女だな」
「宮永村に進撃しようとした加藤軍を威嚇して、改道させた中心が彼女だぞ。なぜか誾千代がやったことのように伝わっているが・・・。春―彼女は、誾千代によく教育されている」
「九州の女は強いな・・・」

降伏開城した後。
清正からの熱心な誘いもあり、宗茂たちは、加藤清正に食客として身を預けている。
肥後の高瀬に住まいを世話してもらい、今日はふらりと清正が訪ねてきた。

しばらく、懐かしい話などを語り合った後――。


ところで、と清正が懐から一通の書状を取り出すと、すっと宗茂の前に差し出す。

「悪い話ではないと思う」

清正はそう言うが、宗茂は眉根を歪め、開こうともしようとしない。
清正、また、細川忠興、黒田長政などが宗茂の再起の為に、骨を折ってくれているらしいと聞く。その書状も、そのうちの誰かからなのだろう。
そう思った宗茂は、黙り込んだまま、その書状をじっと見つめた。
長い沈黙の後。
業を煮やしたのか、清正が勢いよくその書状を開くと、宗茂の前に広げる。
目に入った最後の署名と花押。
知っているような知らないような。
思い当たる人物はいるが――あまり縁のない人物。

「関が原の後、改名したそうだ」
「――・・・」
「俺は、ほとんど知らない人物だから、届いた時驚いた」

しかし、と宗茂は言うが、後が続かない。

予想外の人物からの書状。
正確には、宗茂宛ではなく清正に宛てたものだ。
宗茂が一通り読み終えたのを確認すると、最後に即火中と書かれていた書状の為に清正は先程、誾千代が灯した火で、それを燃やす。

文がかすかに音をたてて燃やされていく。
書状は、最後に大きく燃えると、そのまま姿を消していく。
後に残された残骸を宗茂は見つめた。

夜風にいつしかその残骸も風に舞う。


 ※



清正が帰った後。
宗茂は、ずっと黙ったまま、身動きもせずにいる。
別に不機嫌なわけでもなさそうなので誾千代は、放っておく。
何か言われたのだろう。
帰り際、よく考えておけ、と清正が言っていたのを誾千代も聞いている。

宗茂の再起にかかわる問題だろう。
誾千代は、そう考えつつ口には出さない。
宗茂のこれまでの人生は、常に自分と立花家なしには回らない日々だった。
いつも、宗茂の行動の中心にはそれらがあった。
宗茂と結婚するのが嫌だった理由がそれでもある。
宗茂が生きたい道を進むのに、自分と立花家が手足枷になるのではないか。
そう思ったから。

柳川城で開かれた最後の評定。
主導権を握っていたのは誾千代。
宗茂の体調が悪かったこともあるが、立花家の最後の道を誾千代の思いに託させてくれた。大名としての立花家は消えてもいいと思えたのは、宗茂が生きていてくれたから。
だから――。
これからは宗茂の思うように生きればいいと誾千代は考えている。

部屋の中に滲んでいた沈黙を揺らすように誾千代、と宗茂は妻を呼ぶ。
誾千代は言葉なく宗茂を見つめる。

呼ばれてから数瞬。


「死んでくれないか?」


さすがに誾千代も、驚きすぎて言葉をなくす。


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