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殺戮の残骸。
どろりと黒い血が地面を染めている。
漂う吐き気を伴う鼻から全身を貫く異臭。
その身体に幾本もの矢を受けて倒れている死骸。
切り落とされた腕。それの持ち主であろうか?
切り落とされたそれを求めるようにもう一方の手を伸ばして息絶えている死骸。
首のない死骸。足のない死骸。骨が見えている死骸。
その死骸の間を、息がある者を槍で刺し殺し、歩く兵の姿。
目を覆いたく光景が広がる。
けれど、誾千代は目が反らさない。
今、この命があるのは、同じ死骸を自らが作ってきたから。
いくつもの死骸を乗り越えれ、今生きている自分がいる。
だから、目を反らしてはならない。
「誾千代さま」
声をかけられ、我に返る。
振り返ると内田鎮家の姿があった。
馬を操り、広がる光景に背を向けようとした時。
呻き声がした。見れば、まだ息のある島津軍の兵。
「――・・・」
無言のまま、誾千代はその兵に刀を突き刺し、止めをさす。
かすかに、ありがたい、そう聞こえた気がした。
不感症のような感情の中、誾千代はその兵、いや、死骸を見下ろした。
岩屋城が陥落した後。
立花城が島津軍の標的となり激突。
圧倒的な数をほこる島津軍の前に、立花城は気息奄々ながら攻防を続けていた。
そんな中、宗茂が兵たちに告げたのは、
「今は隠忍自重」
とだった。それが誾千代には歯痒く感じられて仕方なかった。
宗茂はただ、戦をずるずると長引かせている。
立花の醜態をさらしている。立花の瑕瑾。そんな気がしてならない。
ぎりぎりと歯噛みしたい気持ちを誾千代はもてあましていた。
それを宗茂にぶつければ、口の端に笑みを浮かべて、そうは言ってもまだ時期じゃない、と言うのみ。
誾千代さま。
再び内田鎮家に声をかけられ彼女は顔を上げる。
無言のまま内田を見据える。
内田も声をかけてきたというのに何も言わない。
ただ、馬を操り風のように誾千代の脇を通り過ぎ、しばらくして、
「宗茂殿が探しておられましたよ」
とだけ告げて走り去って行った。
しばらくその背を見ていた誾千代だったが、馬を走らせる。
陣に戻り、宗茂の元へ向かえば、宗茂は書状を見ていたが、誾千代に気付き顔を上げる。
思わず誾千代は足を止めた。
昨日までの宗茂と顔が違う。
宗茂の口許、瞳に、こぼれるんばかりの自信を感じた。
昨日までは誾千代の叱責に足元もおぼつかないような頼りなさすら見せていたのに。
「内田鎮家がどこかへ行ったようだが」
誾千代が言うと、
「あぁ、島津に和睦の使者として行ってもらった。お互いに日々を無駄に消耗するだけだ」
「――和睦だと・・・っ」
「島津だって焦っている」
実父の敵だぞ、と怒鳴る誾千代を面白げに宗茂は見つめながら、
「だからこそ」
だからこそ勝たないといけないんだ、立花を守る為にも。
宗茂は、不適に笑った。
今まで誾千代が見たことのない――冷淡な笑みだった。
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