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2024/11
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いつから?

誾千代は、思いをめぐらせる。
いつからだろう。いつ気付いてしまったのだろう?

いつ――。
いつから宗茂を好きだったのだろう?いつの間に恋をしていたのだろうか?


あぁ、そうだ。
いつから好きだったのかの答えは分からない。
けれど、いつ気付いたかは覚えている。
あの日。誾千代が池に落ちた日。


あっ、と思った時にはもう遅かった。
珍しい鳥が池の中の置石に止まっていた。
黒と白で、胸元がほんの少し蒼い・・・ような。そんな鳥。
ついつい身体を乗り出して見ていると、池に落ちた。
派手にあがった水音を、誾千代の耳は確かに聞いていた。
その同じ耳に今聞こえるのは膜を張ったような鈍いごぼごぼと鳴る水の音。
大きな池ではない。
こんな池で溺れるはずがない。
身体の力を抜いて早く――。
頭ではそう思っているのに身体は、水に呑まれ、恐怖に呑まれてしまったのか言うことをきかない。
着ていた袴が誾千代の身体に重く絡みつき、底へと誘うかのように重くなっていく。
身体に引きずられるように心まで恐怖に支配されようとした時。
身体がゆらりと揺れて浮いた。
軽くなったような気がした。
誰かが誾千代の腕を取って、陸に引っ張りあげた。

「お前、こんな池でなんで溺れてるの?」

誾千代を引っ張りあげた本人――宗茂は、心底不思議そうな声で言った。
心配するよりも、なぜこの大きくない、底も深くない池で誾千代が溺れているのかが不思議で仕方がない様子なのだ。
けれど、誾千代は何も言えない。
飲み込んだ水を吐き出すように、げほげほっと咳き込み続けるとさすがに宗茂も心配になったのか、

「おい、大丈夫かよ」

と、崩れ落ちようとしている誾千代の両腕を掴んで身体を支えた。
宗茂の腕だ。分かっている。今、自分に触れているのは宗茂の腕だと十分に分かっているのに。
(誰?)
と誾千代は思った。
咳き込み続ける誾千代の背を背後から、宗茂が両腕を支えた。
必然的に宗茂の胸板が誾千代の背に触れる。
宗茂は自らも濡れることなど気にしていない様子。
宗茂の腕の中に閉じ込められるかのようになって、怖くなった。
知らない人のようだと思った。
これが宗茂なのか、と誾千代は思った。
だって、男なのだ。
まぎれもない男の身体なのだ。
初めて会った時の端正な顔立ちは変わらないのに、宗茂はいつの間にか男になっていた。誾千代の腕を掴む手は力強く太く、胸板も厚くなり、身体つきもがっしりたくましくなっている。
いつの間に――。
誾千代は焦燥感に襲われた。
いつもいつも会っているのに気付かなかった。
背だって変わらないのに――もう宗茂は男だ。
腕を離されたかと思ったら、その掌が咳き込むのを止められない誾千代の背を撫でる。
触らないで。
いつもの誾千代なら跳ね除けた。
けれど、今はそんな敏捷な動きが取れるほどの元気は失われている。
それどころか触れられたところから、何か熱いものが生じてくる。
本当に大丈夫かよ、宗茂はそう言うと、そっと身体を動かして今度は前方から誾千代の顔を覗き込んでくる。
見ないで欲しいと思った。
咳き込んで鼻水だってよだれだって出ているぐちゃぐちゃの顔を見ないで欲しい。
そう思っていると、一瞬宗茂の身体が硬直するかのように止まった。
顔をあげる気力もない誾千代の耳に

「今、誰か呼んでくるから、ここを動くなよ」

すっと宗茂は立ち上がれると走り去っていく。
その背を見ながら、誾千代は意識が遠のいていく。
遠のいていく意識の中、ふいに自分の胸元が水圧に負けたのかはだけ、中の晒しも緩くなっていることに気付いた。
いつの間にか宗茂が男に成長していたように、誾千代も本人の意思とは関係なく身体が女へと成長しようとしている。
もう宗茂の姿は見えない。
見えなくなった宗茂の背を思い起こしながら、このまま置いていかれるのではないかと不安になった。
初めて心から気付いた。知らされた。
宗茂は男で、自分は女だと――。
いつも会っていたのに。
稽古では近くで顔を、身体を寄せることだってあったのに。
気付いて不安になった。焦燥感が誾千代を襲った。

置いていかないで――。

焦燥感に苛まれながら、ふっと誾千代の意識は途切れた。
目が覚めたのは自室。
父に怒られ、見舞いに来た宗茂に笑われ。
何も変わらない普段と同じ景色の中に、誾千代は歪みを感じた。

――置いていかれる。

そう思った。けれど、思っただけではなく事実だった。
宗茂は誾千代を置いてぐんぐんと背を伸ばし、男性的にたくましくなり、武術でも何でも勝てなくなって。
でも、女扱いせずにいてくれたのが嬉しかった。
置いていかれたくなくて稽古に励んだ。人一倍頑張った。
誾千代の中に生じた歪みが、恋だと気付いたのは本人よりも父だった。
厳しい父だった。
けれど、誾千代の将来が心配で仕方がない親ばかでもあった。
だから、高橋家の嫡男だというのに宗茂を――・・・。




「やっぱり」

やっぱり置いていかれるのだな、誾千代は呟きをひとつ零す。









和睦の使者として島津軍に赴いた内田鎮家は、自らが人質となり島津軍に残り、開城の準備の為に時間を求め、島津軍もそれを認めた。
けれど、立花が求めた期間を過ぎても開城の様子はない。
それもそのはず。開城というのは時間稼ぎの嘘なのだから。
内田鎮家が人質となっている間に、関白となった豊臣秀吉の毛利軍中心の兵が豊後の府内に上陸した。
まずは先発隊だが、総数を合わせると20万兵。
岩屋城の戦いで消耗していた島津軍は撤退を余儀なくされ、内田鎮家も無事開放された。
その撤退する島津軍を立花の兵が追撃。
襲撃を受けた島津軍はあわてふためき、すっかり陣形を崩した。
そのまま、襲撃を重ね、島津軍に手に落ちていた岩屋城・宝満山城と島津軍に攻め取られた城を次々と奪還。


そして、立花宗茂の名前は天下に知られることになる。




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