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2024/11
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「本っ当にうるさい。しつこい男は嫌われるよ」

くのいちがキッと男を睨む。
睨まれた男―鈴木忠重、通称右近は、平然とくのいちを見る。
右近は、真田家の伏見屋敷を預かっている者。
頻繁に九度山に行くくのいちに、今の主君は信之なのだからといつもくどくど言ってくるので、くのいちは辟易している。十分に分かっている。
分かっているけど、こうくどくど言われては逆効果だと、なぜ分からないのだろうと思う。信之本人は別段何も咎めないし、自由にさせてくれている。
ただ言われているとしたら、あまり昨今の情勢を伝えるな、という程度。
右近のお説教にうんざりとしてきたくのいちは、勢い良く立ち上がる。

「どこに行く?!」
「沼田!信之さまに会いに行くのなら文句ないでしょう」

そのまま障子を開くと、ふわりと庭に降りたち、一度右近に振り返り、舌を出して駆けて行く。




大きな黒目がちの瞳で少女は、宗茂を見てくる。
少女は、宗茂の前に包みを差し出すが、にこりと宗茂が礼を言えば、途端恥ずかしそうに顔を赤くして、立ち上がって、すすっと父の背に隠れてしまう。
茶会の後礼に来たのは信之ひとりではなく、末の娘だというまさも伴っていた。
千熊丸の妻にと望んでいた娘だが、実際に会ってみれば確かに年上過ぎると宗茂は、納得するしかない。

「どうも人見知りする子のようで、身内や家臣以外の男が苦手らしい」
「顔は信之殿似のようですね」
「あぁ、そうみたいですね」

ほんの少し嬉しそうに言う信之に、宗茂は多々複雑な気持ちになる。
信之が珍しく見せた感情の色。
信之には、二男二女がいる。
宗茂は自分には実子は無理だと分かっており、別段実子にこだわりはないつもりだが、同世代のせいか自分にも嫡男の信吉たちぐらいの年がいてもおかしくないのか、と思い到って、思い出す。
そういえば、ひとつ年上だと聞いていた信之だが、昨日の話では同じ年なのか。

「そういえば、我々は同じ年・・・ということでしたね」

突如振られた話に信之は、不思議そうに頷く。

「いや、私にも信吉殿ぐらいの年頃の子供がいてもおかしくないのだと思いまして」
「あぁ、そういえば、息子が世話になっているようで。立花殿の話はとても面白いと申しておりました」
「よいご子息をお持ちだ。打てば響く回転の速さがある」
「有難うございます」

その時、障子に人影。
すっと静かに開かれ、誾千代が顔を出す。挨拶に来たらしい。隣で千熊丸がちょこんと座っている。

「お久しぶりです」
「お元気そうで安心しました。上田でお会いして以来ですね」
「ええ。信之様もお変わりなく」
「ええ、と言いたいところですが近頃は体がいうことを利かない。」

稲の娘らしく誾千代に懐いているらしいまさが、誾千代に近寄る。そのまさの頭を撫でてやりながら誾千代は、

「ご病気でも?」
「たいしたことはありませんが、大坂と戦が起きれば参陣は難しいかと思いますので」

信之は、真っ直ぐに宗茂に向き直って、

「息子たちを行かせるつもりです。初陣となりますので、何かありましたらどうぞよろしくお願い致します」

頭を下げようとするので宗茂は慌てて止める。

「我々の頃と違い戦のない時代に育った者たちですから、合戦はまだ絵空事でしかない。私も小田原や関ヶ原の頃、もうこれが泰平の世を迎えるための最後の戦かと思ったものですが・・・」
「そうですね」
「戦のない世が続いたかと思えば、権力闘争」

ふっと信之が笑う。
それから、見知らぬ男をじっと見ている千熊丸に微笑みかける。

「これぐらいの年頃の子はもう懐かしいですね」

そう言った後、誾千代を見て、

「関ヶ原が終わった頃、あの提案をした折は、誾千代殿としての生を、また、貴方らしさを失わせる道をいかせることが本当にいいのか悩みましたが」
「――・・・」
「幸せそうで安心しました」
「信之さまには本当に感謝しております」
「感謝など必要ありません。私がしたことは全て自分の為」

意味が分からず、宗茂と誾千代は顔を見合わせる。

「妻の友人さえも守れずに何が武将か、と思ったまでのこと」

ただそれだけです――言い方こそ柔らかだが、断定的だ。本当にそう考えているのだと分かる。宗茂も誾千代も、もう何も言うまいと思った。





大助は、林の中で男に声をかけられた。
ひとりで槍の稽古をしていた時だった。
気配を感じて振り返れば見知らぬ男。
商人か何かのような身なりをしているが、その身のこなしが普通ではないと大助にも分かった。あからさまに警戒して、訝し気に大助は男は見るが、男の視線は大助が手にしている槍の持ち手に描かれた六文銭へと注がれている。
槍を習い始めた頃、伯父の信之から送られたものだ。

「真田幸村殿のご子息ですか?」

大助は答えない。

「私は、豊臣秀頼公の側近、大野治長様の使いの者です」
「とよ・・・と・・・み」

その名に大助の心のひだが、大きく揺れた。

「お父上にお会いする為に大坂より参りました」

秋の初め。
肌寒いほどの風が頬を撫でつけてくるのに、大助の胸の中は熱く沸き立ってくるのが分かった。




あの男と父が何を話しているのか気になって仕方がない。
ぽつりぽつり男の声は聞こえるのに、父の声はまったくしない。だんまりを決め込んでいる様子だ。
ふたりが話している部屋から少し離れた場所から大助は様子を伺う。
これ以上近づくと父に気付かれる可能性が高いから、じっと気配を消して話し声が洩れてこないかと思っていたところ。

「何なさっているんです?」

突如背後から声をかけられ、瞬間声が洩れるのを堪えたが、びくりと体が揺れた。
驚いて振り返ればくのいち。

「幸村さまに叱られたのですか?」

キッとくのいちを睨みつけながら大助は首を振る。
叱られて謝りに行くのを躊躇っていると思われた大助は、ふんっと顔を反らす。
そんな大助の様子に小首を傾げた後、くのいちは大助が覗き込んでいた部屋へと視線を送る。それから、へぇと小さく唸る。

「聞こえるのか?!」
「忍びを舐めないで下さい」

にっこりと微笑みながらくのいちは、しばし耳を澄ませる。

「何を話している?!」

小声で大助は尋ねるが、くのいちの瞳にあまりに真剣なので口を紡ぐ。


くのいちは、沼田に行くといって九度山に来た。
自分の足なら九度山にほんの少し寄ったところで、すぐに沼田へ向かえばばれないと思ったのだが、今回はやけにその途中に浅野家の家臣たちの姿があると思ったのは、こういう訳かとひとりごちる。

――豊臣家が牢人衆を集めているとは聞いていたけど。

幸村さまなら――くのいちの鼓動が高まる。呼吸が乱れる。
ふと幸村によく似た息子の手をぐっと強く握りしめる。痛そうに眉をしかめ、唇を歪ませるが大助をじっと見つめる。

「幸村さまは――こんな所で終わるべき人じゃない」


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