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くのいちなら来てないわよ、と甲斐姫は言った。
沼田に行くと行って消えたくのいちが、沼田にも江戸にも来ていないと連絡を受け右近は、仲の良い甲斐姫を訪れてみた。
北条家元重臣の娘で、下野烏山3万7000石大名成田氏の縁戚だというのに、気軽に右近の訪問を受け入れる。小田原征伐の後、蒲生氏に預けられ、秀吉に気に入られ側室となったと噂も流れたが、あっさりと笑って甲斐姫は否定した。
「九度山じゃないの?くのいちの行く所なんて九度山以外ないじゃない」
「そうでしょうね。突然の訪問、大変申し訳ありませんでした」
帰ろうとする右近に、
「ねぇ、暇だから相手してよ」
などと言うのを、やることがありますのでと右近がさらりと断れば、つまんないと拗ねる。
「あーあ、どっかにいい男いないかぁ」
「意外に身近に――」
いるのではないでしょうか――と右近は、ずっと甲斐姫の傍に控えている男を一瞥する。それに男は、すっと罰が悪そうに目を反らす。
甲斐姫の父の家臣で今は、甲斐姫に仕えている男だと聞いている。
「私の身近に男なんていませんよーだ!」
ふんっと拗ねる甲斐姫に、右近は早く気付くと良いですね、と笑って見せる。
甲斐姫の所を辞して、右近は溜息を落とし、懐から書状を取り出して、
「堂々と九度山に行ける口実があるのに」
ぽつり呟きを落とす。馬鹿な奴だ、と再び溜息。
それから、まぁいいかと考え直す。
元々もう真田家を出奔する予定なのだから、自分で九度山に行き、それから――。
信之さまは人使いが荒い、と心の中で呟くが、唇に浮かぶのは笑み。
密命を受けるのが、それは信之の信頼でもあるので、嬉しくさえもあるのだ。
大助が幸村に叱られ、一晩隠れて過ごすことなど珍しくない。
隠れる場所も知っている。
昌幸の死後、信之の元へ行った家臣たちの空になった居住だ。こっそりと里々が握り飯などを渡しているのも知っている。
昼間、叱ったのでまだ拗ねているのだろうと最初はいつものこと、と思って放置した。
けれど、深夜。
里々が握り飯を届けに行ったが、その姿がないと慌てて戻ってきた。
今晩はひどく冷えるのにと心配する里々をなだめて、幸村は屋敷の中をくまなく大助を探して歩く。小さな屋敷なのですぐにそれも終わり、昌幸の死後、付き従っていた家臣も多くが信之の元へ行ったが、残ってくれている者たちの居住と出て行った者たちの空の居住などを探して歩くが見つからない。
それどころか――。
里々は、おそらく大助の姿がないことにばかり気を取られて気付かなかったのだろう。
「なぜ――これがここに・・・」
幸村はその場に座り込んで、頭を抱える。
悔しさで胸が苦しい。呼吸が出来ない。眩暈すら感じる。
荒々しく自分の髪をかみむしるように引っ張りながら、なぜ、突き返したこれがここにある、あの馬鹿が、と唸る。
なぜ、大野治長から支度金と渡されたが突き返した金がここにある。
なぜ、大助がいない。
屋敷まで戻れば、その前にいたのは里々とくのいち。
里々がくのいちの腕を取って、珍しく何か声を荒げている。
先に幸村に気付いたのは、くのいちだが、泣きながら駆け寄ってきたのは里々。
「大助が、くのいちに――」
「えっ?」
幸村が、くのいちを見れば真っ青な顔をしている。
「大坂に連れて行ってくれと言われました。俺が行けば父上が後を追う。そうしたら、再び父上は武将として返り咲く、なんて言うから・・・」
「それで?」
「――そんなこと言ってますと幸村さまに叱られますよ、と言って・・・、私がいると大助さまは諦めないかもしれないと思ったので一度戻ったのですが、気になって戻ってみたら――」
私のせいだ、と珍しく震えているくのいちの肩が痛々しい。
「お前のせいじゃない――私だ」
大助は、おそらく大野治長の使いだという男に付いて行ったのだろう。
「私がいけないんだ。――私がしっかりしていなかったから」
そう言った時、背後の人の気配を感じて、弾かれるように振り返れば、旅装束の男がひとり。
「夜分遅く申し訳ないとは思ったのですが、出直してきた方がいいようですね」
「――右近」
幸村とくのいちが、その男の名前を同時に呟く。
右近はまずは幸村を見て、それから、泣きじゃくる里々と青ざめたくのいちを交互に見る。痴情の縺れか何かと勘違いしたのか、踵を返そうとするので、
「右近、大助がいなくなった。大野治長からの使いの男に付いて行ったらしい」
そう言えば、ぴくりと肩が揺れて、ゆっくりと振り返る。
それから、気難しげに眉を寄せながら、幸村を真っ直ぐに見据える。
「私は――、信之さまの使いでこちらに参りました」
「そうでなければお前が来るはずはないからな」
ほぉぉ、と大きくわざとらしく溜息を吐き落とすと、懐から書状を取り出して見せる。
「信之さまが必死に懇願し、将軍より徳川側にて参陣すれば赦免するとのお約束を取りつけてきたそうです。いかがしますが?」
「――・・・兄上が?」
「信之さまは現在、ご病気の中、大助さまの気性を心配しておられました」
けれど、その心配が現実となってしまったということでしょうか、苦々し気に右近は笑った後、くのいちを見て、
「慣れない子連れなら、そう遠くにはまだ行けないだろう。お前は大助さまを追って、止めるんだ。お前の足なら平気だろう」
無言でくのいちは頷いた瞬間、走り出す。
さて、と右近は言うと、幸村を真っ直ぐに見据えてくる。
「道中私は誰とも会いませんでした。くのいちが間に合わなければ、いかがなさいますか?」
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沼田に行くと行って消えたくのいちが、沼田にも江戸にも来ていないと連絡を受け右近は、仲の良い甲斐姫を訪れてみた。
北条家元重臣の娘で、下野烏山3万7000石大名成田氏の縁戚だというのに、気軽に右近の訪問を受け入れる。小田原征伐の後、蒲生氏に預けられ、秀吉に気に入られ側室となったと噂も流れたが、あっさりと笑って甲斐姫は否定した。
「九度山じゃないの?くのいちの行く所なんて九度山以外ないじゃない」
「そうでしょうね。突然の訪問、大変申し訳ありませんでした」
帰ろうとする右近に、
「ねぇ、暇だから相手してよ」
などと言うのを、やることがありますのでと右近がさらりと断れば、つまんないと拗ねる。
「あーあ、どっかにいい男いないかぁ」
「意外に身近に――」
いるのではないでしょうか――と右近は、ずっと甲斐姫の傍に控えている男を一瞥する。それに男は、すっと罰が悪そうに目を反らす。
甲斐姫の父の家臣で今は、甲斐姫に仕えている男だと聞いている。
「私の身近に男なんていませんよーだ!」
ふんっと拗ねる甲斐姫に、右近は早く気付くと良いですね、と笑って見せる。
甲斐姫の所を辞して、右近は溜息を落とし、懐から書状を取り出して、
「堂々と九度山に行ける口実があるのに」
ぽつり呟きを落とす。馬鹿な奴だ、と再び溜息。
それから、まぁいいかと考え直す。
元々もう真田家を出奔する予定なのだから、自分で九度山に行き、それから――。
信之さまは人使いが荒い、と心の中で呟くが、唇に浮かぶのは笑み。
密命を受けるのが、それは信之の信頼でもあるので、嬉しくさえもあるのだ。
大助が幸村に叱られ、一晩隠れて過ごすことなど珍しくない。
隠れる場所も知っている。
昌幸の死後、信之の元へ行った家臣たちの空になった居住だ。こっそりと里々が握り飯などを渡しているのも知っている。
昼間、叱ったのでまだ拗ねているのだろうと最初はいつものこと、と思って放置した。
けれど、深夜。
里々が握り飯を届けに行ったが、その姿がないと慌てて戻ってきた。
今晩はひどく冷えるのにと心配する里々をなだめて、幸村は屋敷の中をくまなく大助を探して歩く。小さな屋敷なのですぐにそれも終わり、昌幸の死後、付き従っていた家臣も多くが信之の元へ行ったが、残ってくれている者たちの居住と出て行った者たちの空の居住などを探して歩くが見つからない。
それどころか――。
里々は、おそらく大助の姿がないことにばかり気を取られて気付かなかったのだろう。
「なぜ――これがここに・・・」
幸村はその場に座り込んで、頭を抱える。
悔しさで胸が苦しい。呼吸が出来ない。眩暈すら感じる。
荒々しく自分の髪をかみむしるように引っ張りながら、なぜ、突き返したこれがここにある、あの馬鹿が、と唸る。
なぜ、大野治長から支度金と渡されたが突き返した金がここにある。
なぜ、大助がいない。
屋敷まで戻れば、その前にいたのは里々とくのいち。
里々がくのいちの腕を取って、珍しく何か声を荒げている。
先に幸村に気付いたのは、くのいちだが、泣きながら駆け寄ってきたのは里々。
「大助が、くのいちに――」
「えっ?」
幸村が、くのいちを見れば真っ青な顔をしている。
「大坂に連れて行ってくれと言われました。俺が行けば父上が後を追う。そうしたら、再び父上は武将として返り咲く、なんて言うから・・・」
「それで?」
「――そんなこと言ってますと幸村さまに叱られますよ、と言って・・・、私がいると大助さまは諦めないかもしれないと思ったので一度戻ったのですが、気になって戻ってみたら――」
私のせいだ、と珍しく震えているくのいちの肩が痛々しい。
「お前のせいじゃない――私だ」
大助は、おそらく大野治長の使いだという男に付いて行ったのだろう。
「私がいけないんだ。――私がしっかりしていなかったから」
そう言った時、背後の人の気配を感じて、弾かれるように振り返れば、旅装束の男がひとり。
「夜分遅く申し訳ないとは思ったのですが、出直してきた方がいいようですね」
「――右近」
幸村とくのいちが、その男の名前を同時に呟く。
右近はまずは幸村を見て、それから、泣きじゃくる里々と青ざめたくのいちを交互に見る。痴情の縺れか何かと勘違いしたのか、踵を返そうとするので、
「右近、大助がいなくなった。大野治長からの使いの男に付いて行ったらしい」
そう言えば、ぴくりと肩が揺れて、ゆっくりと振り返る。
それから、気難しげに眉を寄せながら、幸村を真っ直ぐに見据える。
「私は――、信之さまの使いでこちらに参りました」
「そうでなければお前が来るはずはないからな」
ほぉぉ、と大きくわざとらしく溜息を吐き落とすと、懐から書状を取り出して見せる。
「信之さまが必死に懇願し、将軍より徳川側にて参陣すれば赦免するとのお約束を取りつけてきたそうです。いかがしますが?」
「――・・・兄上が?」
「信之さまは現在、ご病気の中、大助さまの気性を心配しておられました」
けれど、その心配が現実となってしまったということでしょうか、苦々し気に右近は笑った後、くのいちを見て、
「慣れない子連れなら、そう遠くにはまだ行けないだろう。お前は大助さまを追って、止めるんだ。お前の足なら平気だろう」
無言でくのいちは頷いた瞬間、走り出す。
さて、と右近は言うと、幸村を真っ直ぐに見据えてくる。
「道中私は誰とも会いませんでした。くのいちが間に合わなければ、いかがなさいますか?」
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