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わぁ、と信吉は思わず声を上げ、それに信政が驚き振り返れば。
「――幸村?」
信吉の肩を掴み、男がそう呟いている。半ば呆然とした面持ちで。
兄上、と信政が駆けよれば、その男はふたりを交互に見渡して、それから、一瞬、遠くを――過去を――見るように細めて、唇の端にまでのぼってきた何かを唇に苦笑として浮かべる。
「真田信之殿のご子息ですね。申し訳ありません」
「直江兼続様・・・ですね?」
顔と名前だけは知っていた信吉が言えば、兼続は、静かに頷く。
初めて会うのに懐かし気にふたりを見つめる。信吉は慣れたもので、それににこりと笑って兼続の視線を受け止める。
「私と叔父上はそんなに似ておりますか?」
「初めて会った頃の幸村によく似ている。そして――」
そっと信政を見て、
「信之殿に似ている。思わず、昔を思い出しました。あの頃のふたりが一緒にいるように見えて」
兄弟は、顔を見合わせる。
兼続と幸村、そして、三成が親しかったことは知っている。
きっと、かつての友人が大坂方にいることに、兼続も心を痛めているのだろう。
「お父上は、ご病気だと聞いております。心労ですか?」
「それもあるでしょうが、前々から体調不良でした」
そうですか、と兼続はふと考え込んだ顔をしてから、
「幸村は――、亡き三成殿の義をついで大坂入りしたのでしょうか?」
信吉を見るが、信吉はその視線を強く固めて
「知りません。何も聞いていません。内通しているといろいろ言われてますが事実無根です」
ぴしゃりと言い切れば、兼続は探りを入れようとしていると思われたのだと慌てた様子を一瞬見せたが、すぐに信吉の視線を受け入れて、まだ年若いふたりに丁寧に謝罪する。
あまりの丁寧さに、戸惑うふたりに、兼続は優しく目を細める。
ふたりを見ている―はずなのに、その視線がどこか遠くて、それはきっと。
「義というものを大切にしておられることは知ってます。そして、あの関ヶ原の頃――」
信吉は言葉を濁しつつ、横目で信政を見れば、
「挟み撃ちを計画していたけれど、出来なかった。それがお心にしこりとなって残っているかもしれませんが、叔父は気にしていないと思います」
信政の言葉に、ぴくりと兼続の目が揺れた。
遠くを見ていると思った目の照準がふたりに合わされる。
「――義、と申されましたが、直江様の義は、上杉家におありなのでは?上杉家存続が直江さまの義。我が父が、父弟と袂を別ったのと同じかと。それを叔父は恨んではいない」
「――・・・」
「叔父は分かっていると思います」
ふたりの言葉に、兼続は頷くことが出来かねているらしい。
けれど、どう表現したらいいのか分からない感情が兼続の中を渦巻き、それが苦渋として滲んだ唇に、信政は、
「謝りたいのですか?何を謝りたいのですか?謝って何になるのですか?」
止めろ、と信吉が制する。兄の言葉に、ふんっと鼻を鳴らして、兼続から目を反らすと、
「ありがとう」
と兼続が言う。驚いて信政が視線を戻せば、
「私はきっと誰かに責められたかった・・・」
心底嬉しそうに頬を揺らして、そして、苦しそうに笑って、それでも、やはり嬉しそうな。
そんな不思議な笑みを浮かべて、ふたりを見つめる。
12月22日、徳川と豊臣とに講和が結ばれた。
この戦で大坂方の白眉は幸村であった。真田丸での奮戦で、徳川方を切歯扼腕させた。この戦での戦死者の大半が、この真田丸攻撃に関するものであった。
けれど、報われることなく講和が成立。
大坂城は本丸だけを残し、外堀を埋める。それが条件だった。
幸村の真田丸も取り壊されることになる。
そんな戦後処理の頃、幸村が信吉と信政の陣所を訪ねてきた。
その訪問を受け入れた兄弟は、叔父が待つという所へ向かい、空気が変わったことに気付く。漂う空気の密度。幸村以外の誰もが無意識に息をつめるだろう。
ふたりに幸村は、この度の戦で、大坂方でもふたりの指揮振りは評判となっており、敵ながら叔父として鼻が高かった。そんなことをスラスラと紡ぐ。
おそらく用意してきた言葉たち。
少しばかり早口な抑揚も聞き苦しいものではなく、むしろ耳に心地よい。
けれど、「覇気」がない。
生に対する執着心がない。真の意味で生きていない。
すなわち、それは――死への恐れもないということだろうと兄弟は思う。
おぼろげながら幸村を覚えている信吉は、幸村を見つめる。視線を一切反らさないまま、それでも、頬に笑みを浮かべて、
「正覚寺での約束が果たせるとは思っていませんでした」
そう言えば、幸村は鷹揚に頷き、ゆるりと瞬く。視線は、真っ直ぐに信吉へと。
その眼差しは不思議と、何の色も感じられない。ただ真っ直ぐなだけ。過渡期のその時間の中に、何かを置き去りにしてきしたような真っ直ぐな視線。
けれども、その視線に戸惑いが浮かんのは――。
信政の顔を真っ直ぐに正面から見た瞬間。
時の流れから、ふっと外れた目になった。まるで幽鬼の世界に迷い込んだような。
はかなく、瞳の芯が絞られる。くちびるから、
「兄上・・・?」
と、呟きが落ちる。
それに信政が会釈を返せば、それに空気が揺れ、幸村の正気を促す。
ふっと幸村は自嘲するように笑った後。
「――ふたりとも大きくなったな」
「私は、叔父上にそっくりだとよく言われます」
「息子の大助と似ていると聞いていたが、本当によく似ている」
幸村がそう言った瞬間、似ていません、と信政が言う。
「叔父上と兄上は、私から見たら似ていない」
きっぱりと言い切り、じっと幸村を見据える。
しばし視線を交差させたが、反らしたのは幸村。耐えられなくなった。
信政は、交わした視線を微々たりとも動かさず、唇だけ一瞬歪めた。
それはまるで――。
――兄を守るかのようで、幸村は耐えらなくなった。
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「――幸村?」
信吉の肩を掴み、男がそう呟いている。半ば呆然とした面持ちで。
兄上、と信政が駆けよれば、その男はふたりを交互に見渡して、それから、一瞬、遠くを――過去を――見るように細めて、唇の端にまでのぼってきた何かを唇に苦笑として浮かべる。
「真田信之殿のご子息ですね。申し訳ありません」
「直江兼続様・・・ですね?」
顔と名前だけは知っていた信吉が言えば、兼続は、静かに頷く。
初めて会うのに懐かし気にふたりを見つめる。信吉は慣れたもので、それににこりと笑って兼続の視線を受け止める。
「私と叔父上はそんなに似ておりますか?」
「初めて会った頃の幸村によく似ている。そして――」
そっと信政を見て、
「信之殿に似ている。思わず、昔を思い出しました。あの頃のふたりが一緒にいるように見えて」
兄弟は、顔を見合わせる。
兼続と幸村、そして、三成が親しかったことは知っている。
きっと、かつての友人が大坂方にいることに、兼続も心を痛めているのだろう。
「お父上は、ご病気だと聞いております。心労ですか?」
「それもあるでしょうが、前々から体調不良でした」
そうですか、と兼続はふと考え込んだ顔をしてから、
「幸村は――、亡き三成殿の義をついで大坂入りしたのでしょうか?」
信吉を見るが、信吉はその視線を強く固めて
「知りません。何も聞いていません。内通しているといろいろ言われてますが事実無根です」
ぴしゃりと言い切れば、兼続は探りを入れようとしていると思われたのだと慌てた様子を一瞬見せたが、すぐに信吉の視線を受け入れて、まだ年若いふたりに丁寧に謝罪する。
あまりの丁寧さに、戸惑うふたりに、兼続は優しく目を細める。
ふたりを見ている―はずなのに、その視線がどこか遠くて、それはきっと。
「義というものを大切にしておられることは知ってます。そして、あの関ヶ原の頃――」
信吉は言葉を濁しつつ、横目で信政を見れば、
「挟み撃ちを計画していたけれど、出来なかった。それがお心にしこりとなって残っているかもしれませんが、叔父は気にしていないと思います」
信政の言葉に、ぴくりと兼続の目が揺れた。
遠くを見ていると思った目の照準がふたりに合わされる。
「――義、と申されましたが、直江様の義は、上杉家におありなのでは?上杉家存続が直江さまの義。我が父が、父弟と袂を別ったのと同じかと。それを叔父は恨んではいない」
「――・・・」
「叔父は分かっていると思います」
ふたりの言葉に、兼続は頷くことが出来かねているらしい。
けれど、どう表現したらいいのか分からない感情が兼続の中を渦巻き、それが苦渋として滲んだ唇に、信政は、
「謝りたいのですか?何を謝りたいのですか?謝って何になるのですか?」
止めろ、と信吉が制する。兄の言葉に、ふんっと鼻を鳴らして、兼続から目を反らすと、
「ありがとう」
と兼続が言う。驚いて信政が視線を戻せば、
「私はきっと誰かに責められたかった・・・」
心底嬉しそうに頬を揺らして、そして、苦しそうに笑って、それでも、やはり嬉しそうな。
そんな不思議な笑みを浮かべて、ふたりを見つめる。
12月22日、徳川と豊臣とに講和が結ばれた。
この戦で大坂方の白眉は幸村であった。真田丸での奮戦で、徳川方を切歯扼腕させた。この戦での戦死者の大半が、この真田丸攻撃に関するものであった。
けれど、報われることなく講和が成立。
大坂城は本丸だけを残し、外堀を埋める。それが条件だった。
幸村の真田丸も取り壊されることになる。
そんな戦後処理の頃、幸村が信吉と信政の陣所を訪ねてきた。
その訪問を受け入れた兄弟は、叔父が待つという所へ向かい、空気が変わったことに気付く。漂う空気の密度。幸村以外の誰もが無意識に息をつめるだろう。
ふたりに幸村は、この度の戦で、大坂方でもふたりの指揮振りは評判となっており、敵ながら叔父として鼻が高かった。そんなことをスラスラと紡ぐ。
おそらく用意してきた言葉たち。
少しばかり早口な抑揚も聞き苦しいものではなく、むしろ耳に心地よい。
けれど、「覇気」がない。
生に対する執着心がない。真の意味で生きていない。
すなわち、それは――死への恐れもないということだろうと兄弟は思う。
おぼろげながら幸村を覚えている信吉は、幸村を見つめる。視線を一切反らさないまま、それでも、頬に笑みを浮かべて、
「正覚寺での約束が果たせるとは思っていませんでした」
そう言えば、幸村は鷹揚に頷き、ゆるりと瞬く。視線は、真っ直ぐに信吉へと。
その眼差しは不思議と、何の色も感じられない。ただ真っ直ぐなだけ。過渡期のその時間の中に、何かを置き去りにしてきしたような真っ直ぐな視線。
けれども、その視線に戸惑いが浮かんのは――。
信政の顔を真っ直ぐに正面から見た瞬間。
時の流れから、ふっと外れた目になった。まるで幽鬼の世界に迷い込んだような。
はかなく、瞳の芯が絞られる。くちびるから、
「兄上・・・?」
と、呟きが落ちる。
それに信政が会釈を返せば、それに空気が揺れ、幸村の正気を促す。
ふっと幸村は自嘲するように笑った後。
「――ふたりとも大きくなったな」
「私は、叔父上にそっくりだとよく言われます」
「息子の大助と似ていると聞いていたが、本当によく似ている」
幸村がそう言った瞬間、似ていません、と信政が言う。
「叔父上と兄上は、私から見たら似ていない」
きっぱりと言い切り、じっと幸村を見据える。
しばし視線を交差させたが、反らしたのは幸村。耐えられなくなった。
信政は、交わした視線を微々たりとも動かさず、唇だけ一瞬歪めた。
それはまるで――。
――兄を守るかのようで、幸村は耐えらなくなった。
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