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2024/11
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大坂城の一室。
くのいちの目には、大坂城の堀を埋める男たちがせわしなく動く姿が映る。
背後で大助が、右近に何か言う声が、くのいちの耳を通り抜ける。

これで良かったのかな――。
本当は、追いついた。大助と大野治長の使いの男に追いついた。
でも、見逃した。

「幸村さまは――こんな所で終わるべき人じゃない」

九度山の流謫生活で終わる人間じゃない。
けれど、確かに大助の言う通りに、こうでもしないと九度山を出ようとはしないだろう。
信之が、徳川方として参陣するなら赦免すると約束を取り付けたと言っていたが、それは大坂方につかない為だけの口実で、きちんと幸村にふさわしい場を与えられるかと考えたら、くのいちは見逃した。
間に合わなかった、そう言った時の右近の目。
すべてを見通しているかのようだった。
確かにこの戦での幸村の活躍は目を見張るものがある。
後世の者がこぞって賞賛するような戦術で、さすが幸村さま、とくのいちの忍びとしての血がぞくぞくと沸き立ったものだが、戦に出ていない時の幸村は変わった――。
生きていないのだ。本当の意味で生きていない。
武将としての腕を試している時の幸村には「生」を感じるが、普段は「無」でしかない。
そして、今幸村が求めているもの。それは死に場所。
だから、本当にこれで良かったのかな、とくのいちが泣きたい気持ちになった時。
大きな音がした。
驚いてくのいちが振り返れば、右近の額から血が流れていた。
大助が扇を投げつけたらしい。
よけられるものを右近は避けなかった。真っ直ぐに受け止めたらしい。
無言のまま自分を見る右近を置き去りに、ぷいっと大助は行ってしまう。
大助が出て行ってから、右近は溜息ひとつ。
それから、立ち上がるとくのいちをちらりと見るので、思わず睨み返すと、ふっと笑うと出て行く。
右近はおそらく大助のことを信之に頼まれている。
信之は前々からよく大助のことをくのいちに聞いてきていた。昌幸似の気性を心配していた。




こりこりっという音が響く。

「歯が丈夫ですね」

関心したように信政が言えば、家康はむっとした顔をする。髪に白いものが増え、肌の艶も消えて緩んでも、眼光は鋭いままで、歯もまだ丈夫らしい。
講和後、駿府に戻る前に家康は、信吉と信政を呼び出した。
人を遠ざけて3人。家康がこんぺい糖を渡すので、思わず兄弟は苦笑する。
それを家康がこりこりと音を立てて食べ、促されて兄弟も口に含む。

「舐めるものじゃない。噛むものだ」

家康が信政にそう言ったので、信政は歯が丈夫ですね、と笑ったのだ。

「さすがに健康に気をつけていらっしゃるだけのことはある」
「いちいち棘があるな、お前」
「大坂方と内通していると疑われましたからね」

信政、と信吉が制する。家康は苦笑するしかない。
兄弟の周辺を調べさせても何も出てこなかった上に、周囲は彼らの味方をした。関ヶ原の頃のようだと家康は思ったものだ。当時まだ信幸だった信之の父弟の赦免懇願にも味方が多かった。
真田の家というのは不思議だ、と家康は思う。
一方は家康を嘲笑うかのように翻弄するが、もう一方は真っ直ぐに真摯に、家康を支える。支えるが、少しでも目を離し、何か刺激を与えれば、火を吹くのではないかと不安にもさせる。

「お前らも叔父にはしてやられたな」

会ったのだろう――目線だけでそう問いかけてくる。

「叔父は、父に会いたがってました」

よろしいでしょうか――信吉も目線で問いかける。それに家康は無言で頷く。

「信州に所領を与える。不服なら信濃一国」

家康の言葉に、信吉は頷くが、信政は関心なさそうにしている。
こりこりっと家康の耳に届く。舐めるなといわれた信政がこんぺい糖を噛んでいる。

「信之は、大坂までこれるのか?」
「さぁ・・・、起き上がれるようになったそうですが分かりません。でも、無理をしてでも来ると思います。父は叔父よりも甥、我々にとっては従兄弟の大助殿の心配をしてました。まだ年若い・・・」

従兄弟だけでも――言葉を読み取って家康は頷く。つまりは、叔父、幸村のことは諦めているということだろう。

こりこりっと信政は、こんぺい糖を食べ続けている。
初めて会った時は不安そうに兄に手を伸ばしていた人見知り者は、今は関心なさそうな顔をして、つまらなさそうにしている。
思わず、ふっと家康は笑う。
関心なさそうなつまらなさそうな振りをしているだけなのだ。けれど、信政が関心があることは世情のことではないらしい。

こりこりっと小さな音を聞きながら、家康はかすかに笑う。
その音は、信吉が何か言えば、その声音のいちいちを聞き逃すまいとばかりに止むのだ。



えっ・・・、と誾千代は、眉をひそめる。
宗茂は、秀忠に従って江戸に戻って来た。
それを聞きつけた忠興が前触れもなく来て、帰ったかと思えば、

「殺したい、と言っていた?信之さまが?!」

宗茂が忠興から聞いた話に、誾千代は声を荒げる。
誾千代の声に驚いたらしい千熊丸が不安そうに、母上と駆け寄ってきて、宗茂を上目使いで睨む。どうやら誾千代をいじめたと勘違いされたらしい宗茂が、手を伸ばしてもぷいっと顔を反らす。
忠興から聞いた話を宗茂は、誾千代に告げる。
信之が幸村を殺したい、と言っていたと聞いて誾千代は驚いた。
膝に手を置いて、不安そうに自分を見てくる千熊丸の額に、自分のそれをこつんとぶつけて、

「大丈夫よ」

と言ってやると、千熊丸ににっこりと微笑んで、誾千代の膝に乗る。
それが宗茂は不服らしい。久しぶりに会えたのに、と不満気に零すので、誾千代が父上のところへ、と言うが千熊丸は首を振る。

「まぁ、子供は母親の方が好きなものだから」

そう自分で言いながら、納得していない様子の宗茂に、誾千代はふふふっと誇らしげ笑う。笑いながら膝の上のあたたかい宝をぎゅっと抱きしめ、

「稲殿の話だと、幸村さまの入城を聞いて、信之さまは笑ったらしい。笑っただけで何も言わないとか」
「笑うしかなかったのだろう」
「笑うしかない。そして、殺したい――」

あぁ、と誾千代が唸るように瞼を細めた。
それから、また強くぎゅっと千熊丸を抱きしめて、その髪に頭を埋める。

「ご自分で殺して――、そして、ご自分も死ぬつもり・・・?!」

信之の身勝手さに誾千代は腹がたってくる。
心から慕ってくれる妻に、二男二女までいるのに、と憎々しげに言う。
沸々と腹の奥から怒りが沸いているらしい誾千代を、宗茂は黙ったまま見つめる。
以前の誾千代なら、信之と同じ道を選んだのではないか――?
息子をぐっと抱きしめる妻の手を見つめる。守るものが増えた人間は、強くなる。

「残された稲殿はどうなる。信之さまがいなくなれば稲殿は」
「死ぬことはないだろう」
「お前に何が分かる?!」

分かるさ、と宗茂は笑う。

「仮に俺が死んでもお前は死ねないだろう?千熊丸がいる。それと同じことさ。守るべきものが多い人間は、死ねない。ただ――」
「ただ?」
「肉体だけは生きていても、心は死ぬことだってある。それが生といえるかどうかは・・・」

以前にもこんな話をしたな、と宗茂は思い出す。
カササギのつがいのように片方が死ねば、もう片方も後を追うように死ぬのは、脆い生き物だと以前の誾千代は評した。

「人間は鳥よりも複雑な感情を供え持っているからな。信之殿の子供たちはもう大きいし、なかなか立派なものだ。だから、それに関しては心配がないのだろう。それに、稲殿がいるから、という気持ちもあるのかもしれない」
「だったら、残された稲殿は」
「だから、死なないだろう。結局子は父よりも母を慕うようだし、母も子は何よりも大切なものだ」

言い返そうにも誾千代は言葉がうまく見つからず、ただ夫を見据えながら、

「私は、あの夫婦が好きだ」
「それは俺も一緒だ。信之殿は――お前に似ている。近づいたと思ったら交わされる。昔のお前みたいだ」

千熊丸、と宗茂が息子を呼べば、今度は素直に腕の中に飛び込んでくる。
今、この手の中にいる温かく柔らかい者の命を守ってやりたい、そう思うのは当然のこと。

餓鬼だな。死を誇るな。生きろ。俺は死なない――以前、誾千代に告げた言葉。

あの頃、死は身近だった。
だからこそ、死ねなかった。戦で死ねば、それが立派なものとされた。
けれど、宗茂は死ぬまいと思っていた。誾千代を守れるのは自分だけだったから。

そして、戦がなくなった昨今。
再び起きた戦でも、前線に出ることがなくなった今、やはり死ねない。
そう思うが、忠興から聞いた信之の言葉に、頷く自分もいるのだ。

死を誇る時代はもう一昔前のこと。けれど、その中でしか生きれない人間もいる。





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