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夜も更けた頃。
寝所は静かで、外を吹く風と互いの息づかいしか聞こえない。
誾千代の宮永村に館に、突然宗茂が訪れてきた。
久しぶりに肌を合わせ、互いに身体は疲労を感じてはいるが、寝付けない。かといって起き上がることもできずにいた。そんな中、誾千代は溜息をひとつ。それから、自分を抱きしめてくる宗茂の胸を押しやるように手を押し、逃れようとするが、それを諌めるように掴まれる。
むっと眉をひそめれば、宗茂が笑う。
そんな宗茂に誾千代は、苛立ちを押し隠すようにゆったりと時間をかけて瞬きをしたかと思うと、
「側室は必要ないのか?」
と言う。その抑揚のないその言葉に宗茂は一瞬何を言われたのか分からなかった。
「側室は持たないのか?」
言葉を変えて、誾千代は再び言う。
宗茂が掴んだままの手に力を込めれば、誾千代はそれを振り解く。
「なぜ唐突にそういう話になる?」
「ずっと考えていた」
誾千代は体を起こすと、脱ぎ捨てられいた寝着を取り、肩に羽織る。宗茂も起き上がり、後ろから誾千代の肩に触れる。
「――子供か?」
「それだけじゃない。お前とて――」
「何だ?」
「安らげる女が欲しいだろう?」
髪をかきあげる仕草のついで、とばかりに誾千代は肩を揺らし、宗茂の手を振り払う。乱れた髪の隙間から、白く細いうなじが見えた。振り払われた手を空に浮かせたまま、宗茂は毅然と背筋を伸ばしている、その背を見つめる。その背を引き寄せるのは簡単だけれど。
「必要だと思ったら、自分でどうにかする」
「そうか」
誾千代は振り返らない。相変わらず抑揚のない声。
けれど、どんな顔をしているのか宗茂には分かるような気がした。感情など浮かんでいない無の表情。どうしてこの女は、怒りや苛立ちは表現できるのに、哀しみ楽しみを素直に表現することが出来ないのだろうか。
それとも、胸中渦巻くうねる気持ちが、無感情にさせるのか?
(安らぎが欲しいのは、お前だろう)
宗茂は、ふっ・・・と苦笑を洩らす。
安らげる場所を求めて、城を出たのだろう。
自分の前で意地を張り、素直になれない。
女故に家督を譲らなければならなかったことが、誾千代を傷つけ、追いやった?
女ではない、立花だ――そう言って女であることを否定している。
その「女」を貰い受けたのは自分だ。いらないのなら、俺にくれてもいいだろうと思うが、それを口にすれば怒りを買うだけだろう。
「俺が女を持てば、あいこにでもなると考えたか?」
弾かれたように誾千代が、振り返るので宗茂は何も言っていないとばかりに唇を閉ざす。
短い間見つめあったが、誾千代は宗茂から顔を反らす。
顔を反らされ、宗茂も瞬きをひとつ。
そして、寝着を羽織りながら、ぴしりと背筋を伸ばしているのに、小さな揺れにも崩れてしまいそうな妻の背を見つめる。
その背が求めているのは、抱きしめられることではない。
「誾千代」
名を呼ばれ、彼女が振り返るより早く、その肩に手を伸ばして、少し力を込めて、押してみる。
「何をする?!」
「いやー、姿勢がいいなと思って」
へらっと笑えば、誾千代の眉がつりあがる。きつく睨みつけられても気にせずに、唇の端に笑みを浮かべ、にやにやと怒る誾千代を眺める。
その背を抱きしめるのではなく、支え押してやる。
それが俺の役目だろう、と宗茂は思う。