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その部屋に宗茂と入れ替わりに、由布が入る。
すれ違い際、由布と目を合った。そこにあったのは、怒っているような泣いているような目。
見覚えがあると思えば、すぐに思い出された――熱中症で倒れた誾千代を迎えに来た時だ。
それに宗茂は、口角を少しだけ上げ、緩く笑う。
由布は、瞬きをひとつ。瞼が開かれた時、その奥の目は、宗茂を見ていない。

「――誾千代さま」
「由布か」

ふたりの声を背に、宗茂は廊に出る。
ぽつりぽつりとふたりの会話が聞こえるが、存在をどんなに消そうとしても、あのふたりが気付かないわけがない。
だから、行くしかない中、しかし、と思う。

(また、泣いているのだろうか)

子供の頃、迎えに来た由布に、ふぇ・・・と誾千代は泣いた。
心細さ、寂しさを押し隠していた心を、由布を前に開放した。
生まれた時から、傍に居る家臣だから仕方もないこと、と分かっているが、宗茂は虚しいような、悔しいような。
途中、ふと目を上げると薄い夕陽が、空の青にゆっくりと溶け込んでいこうとしている。
足を、止めた。眩しげにそれを見上げた。

「似ているな」

押し出した呟きが、けれど、唇に貼りついたままで消えていく。
「勝利」という目的を共有していた折に、勝手に誾千代を見つけ出した気持ちになっていた。晴れやかな気分になっていた。それは昼間の青のような清々しさだったが、やがてゆっくりと淡い赤に染め替えられ、そして、暗闇へと変わる。
空は、必ず再びの青を迎えることが出来るが、人の心はどうだろうか?
家臣たちとの距離を縮める為に頑張った。それが、誾千代との距離を広げた。

「柳川城を出たい」

と言った誾千代と幾度も話し合った。
癇も気も強く、傲慢さで、気に入らないことがあれば、怒鳴る誾千代が、静かだった。
言うことは一貫している。
「柳川城に馴染めない。だから、城を出たい」
気が付けば、城内も、落ち着きをざわめきとが不思議に交じり合った喧騒に揺れている。
誾千代が、城を出る準備が整いつつあるのだろう。

「柳川城を出たい」

その言葉は、宗茂の中で渦を巻く。
呪術でもかけられたかのように、絡みつき、そして、侵食していく。


 ※


結局、誾千代が柳川城を出た後。
その噂は聞いていたが、と京の聚楽第―関白・秀吉の京都における邸宅―に呼ばれた宗茂は、思った。

――朝鮮出兵。

朝鮮から中国、果てはインドまで征服しようという、無謀な、どこまで本気で考えているのか疑いたくなる計画。
それに立花は、出兵を命じられた。

(無謀な・・・)

冷静にそう思う気持ちと同時に、

(戦となれば誾千代もきっと自分も行くと言うだろう。そうなれば、再び同じ目的を共有し、関係の修復も可能ではないか?)

そんな思いが浮かぶ。考えるように押し黙った宗茂に、

「何か不服でも?」

秀吉が言う。それに瞬間我に返った宗茂は、へらっと情けない顔で笑ってみせる。

「婿養子故の不便な身でありますので、妻に――」
「誾千代は、出陣しないで良い」

宗茂の言葉を、途中で秀吉が遮る。なぜ――と視線で問いかければ、くりっと目を大きく見開き、

「誾千代も優秀な将なことは、九州、小田原で見せてもらったので、よく分かっている」

と、人懐っこい笑顔を宗茂に向ける。

「が、柳川に移ったばかり。まだ何かと不安定だろう。だから、誾千代は残った方が良いのではないか?立花には優秀な人間がふたり。ひとりは出陣し、ひとりは領地をまとめる。」

宗茂は、瞳の奥をきつく引き締める。
太閤にそう言われてしまえば、従うしかない身の上である。


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