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2024/11
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弓が放たれる音と、落胆の声があがるのは同時だった。
あぁ、と稲は声を上げ、予想通りに的を外れた弓に溜息する。
それから、ゆっくりと瞼を閉じて、深呼吸。
心のうちを空っぽに、瞑想するような気持ちで瞼と唇を閉じ、鼻で静かに呼吸を繰り返す。そのうち、気持ちが整ったような気がして再度弓を構えるが――。

「あぁ!」

稲は弓を下ろすと、ぐっと下唇を噛み締めながら、的を真っ直ぐに見据える。
こんなことは初めてだ。稽古にまったく集中できない。それというのも――。思い出して、それを記憶からふるい落とすつもりで、稲は首をふるふると振る。
が、激しく振りすぎたのか、クラッと視界が揺れる。

「何やってるんだろう、私・・・」

呟いて、溜息をひとつ。
追い出そうとした記憶が、ますますと鮮明に蘇ってくる。

「可憐な女性であっても、私は手加減しません」

戦場で会った、あの男が言った。真田家の嫡男、真田信幸。
その男が言った言葉が、頭の中で何度も何度もこだまする。稲を縛る。体を、心を。

「戦場で、あんな不埒なことを言う男!」

どうせ――。
どうせどんな女にもそんなことを言っているのだろう。
そして、自分にそんなことを言ったことを、あの男はすっかり忘れているだろう。戦場で一度顔を合わせただけの敵将。戦場であのような不埒な軽口を叩くような男だ。自分のことなど忘れてしまっているだろう。
そうだ。忘れていて当然の出来事なのだ、きっと。
そうだ。そうに違いない・・・。なのに。
胸がキリリと痛む。そんな自分に驚いて、心臓を直接わし掴みし、掻きむしって棄ててしまいたくなる。
その反面で、思い出しては不思議な甘酸っぱい酔いが広がる。
そして、頬が紅潮するのが分かる・。ぽ・・・と染まっていく。顔が、胸の中が、いや、指の先、髪の先まで全身まで。
けれど、そのあとすぐに、

「あ、あんな不埒な男!」

声を固くして、視線を固くして、心まで固くしようとする。
そうしようとするのに、たまらなく悔しいものにキリキリと苛まれるのに、胸の中に残ったあの男の面影が消えない。






頭上から、弟の声が降ってきて、信幸は顔をあげる。

「何か言ったか?」

縁に腰掛け、自分を見上げてくる兄を見下ろしながら幸村は、眉を厳しく歪ませる。

「聞きましたよ。戦の最中に徳川の稲姫をからかっていたとか」
「失敬なことを言うな」

信幸は、弟とは対象的に緩やかに眉を歪ませたが、それをすぐに解き、笑みに変える。

「本当に可憐な女性だと思ったから言ったまでだ」
「稲姫のような女性が好みでしたっけ?」
「むさくるしい男ばかりの戦場で見る女性は、可憐に見えるものだ。誰でも」
「――・・・」

厳しく歪ませていた眉を幸村は、瞬きと共に解くと、ほぉ・・・と息を吐き落として、信幸の隣に腰をかける。

「稲姫が真に受けていたら、どうするんですか?」
「どうしようか?」

にこりと言う信幸に、幸村は呆れ顔になる。
信幸は近いうちに、徳川家康の元へ出仕することになっている。
内々に徳川から嫁をという打診するあるらしい。
そこでおそらく稲姫と顔を合わせることもあるだろう。年頃の合う稲姫も候補かもしれない。
呑気そうにしている信幸を横目に見て幸村は、ふっと思う。きっと兄上は稲姫と顔を合わせても、あんなことを言ったのを忘れたように、すっとぼけるだろうと。

「可哀想に」

幸村は、つい稲姫に同情をしてから、疑問を感じる。
なぜ、稲姫が兄上を気にかけていることを前提にしているのだろうか。

「何が可哀想なんだ?」
「さぁ・・・」

幸村は、そう答えながら、子供のようにぷいっと兄から顔を反らせる。
すると、それを信幸が笑う。
寄り添って成長した兄弟だが、幸村は飄々としたところのある信幸を掴みきれない部分がある。
仮に――あの真面目そうな稲姫が、兄に嫁いだら、きっとそんな信幸にやきもきするだろう。

「可哀想に」

再び同じ言葉を、幸村は繰り返す。





100万人の戦国無双で兄上がナンパなこと言っていると聞いて。
やってないので、詳しいキャラわかりませんが妄想浮かんだのでつい出来心です。ごめんなさい。

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