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2024/11
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珍しく宗茂が不機嫌だ。
誾千代は、そんなことなど気付いていないふりをする。
所用があって出て行く、そんな風を装えば、声をかけられ、適当に用を言えば、急ぎでないから別にいいだろう、とそれを片付けるために人を呼び、誾千代が部屋を出て行くのを拒む。
けれど、誾千代に何か話があるのかと思えばそうでもないらしい。
何も言ってこない。会話もない。
ただ、傍にいろと無言で伝えてくる。


あれから――。
宗茂は、秀吉の九州征伐で武功を上げ、秀吉の直臣となることになった。
それは宗茂から誾千代は聞いた。
誾千代に多々思うところはあるものの、めでたい話でもあるので、素直に祝いの言葉を述べた。
けれど、宗茂はそれから不機嫌なことが多い。
家臣たちの前ではいつもと変わらないが、誾千代とふたりになると不機嫌。
誾千代にしたら広がる沈黙が重く、出て行きたいけれど、どこか分かるのだ。
どんなに嫌な空気だろうと喧嘩をしようと同じ空間にいたいという気持ちが。
だから、ずるずると部屋に留まってしまう。





宗茂は、凛と姿勢を伸ばし、書物に目を通している誾千代を見る。
その横顔はとても美しい。
武芸に励み、他の女たちよりも陽にあたっているがきめの細かい綺麗な肌に、唇の桜色が艶やかで、健康的な身体つきをしている。

――あぁっ、くそっ!!

宗茂は髪をかきむしって、重いため息を吐き出す。
そんな宗茂を誾千代は、横目でちらりと一瞥したが、何も言わない。
有難いような寂しいような。

誾千代も秀吉のこの九州征伐で出陣をしており、活躍している。
だから、噂で聞いたのか、主家である―あった―大友宗麟から聞いたのか、どちらか分からないが、秀吉が誾千代に興味を持っており、遠まわしに誾千代に会わせよと言ってくるのを気付かない振りを続けている。
それは秀吉も気付いているだろう。
我が妻は気が強く、可愛げ気など皆無で、女としての魅力などない、と冗談まがいに言うが、秀吉は気にならないらしい。女武者として有名な巴御前と和田義盛の間に生まれたという朝比奈義秀のような子が欲しいものよ、などと軽口をたたく。
秀吉に子供はない。
養子はいるか実子が欲しい秀吉は、多くの側室を持っているが、なかなか実子には恵まれない。
そんな中、誾千代のことを知った。
武芸に秀でた若く健康的な美女。
誾千代は、秀吉によっては好条件な女である。
秀吉の人柄を、宗茂は仕えるに値する人物だと思っている。
けれど――。
事実上、別居をしている夫婦なので、不仲だろうと思われても仕方のないこと。
事実、うまくいっている夫婦とは言いがたい。
互いのことはよく知っている。
いつかは本当に分かり合える日がくると信じている。
分かり合うのは年をとってからでも出来る。今はまだ互いに若く意地もある。
それに。

「お前だから嫌なんだ」

かつて言われた言葉が宗茂の中に黒い染みを作っている。
そして、その染みは今だ広がり続けている。

宗茂は誾千代が好きだ。愛している。何よりも大切だ。

それを伝えればいいのかもしれない。
けれど、どうしても素直にそれを言うことができない宗茂もいるが、何よりも二人の仲の均等が壊れそうで出来ず、ふいに思い返されるもうひとつの言葉。

「遠くない未来――。誾千代さまが婿を取られた時、殿が家督をその方に譲られることになったその時――どんなに武勇に長けていても、女の身ではどうしようもない。そう嘆かれる日が来るのではないでしょうか。それを思うと今から・・・」

そう言った侍女は誰だったのか。
顔をしっかり見ておくべきだったと後悔している。
この婚姻は失敗だったのだろうか。
誾千代は、あの侍女の言ったように嘆いているのだろうか?

おそらく、嫡男であることを理由に父が誾千代との婚姻を断れば、誾千代と結婚をしたのは弟の直次だったかもしれない。
年は誾千代が上だが、それ故に、温和な性格の直次との方がうまくいったかもしれない。
けれど、そうなっていたら自分は、弟を憎んだだろう。
あたりに散らばる沈黙の余韻を、たっぷりと吸い込んだその後、誾千代、と妻を呼ぶ。
誾千代は真っ直ぐに視線を合わせてきた。

あぁ、美しい。宗茂は思う。

美しくて、気高くて、そして、今はそれを憎く思う。

誾千代と宗茂は人ふたり程の距離を保っていた。
それをじりじりと縮めて、宗茂は誾千代の手を強引に引き寄せる。
何をする、と誾千代は抗い、宗茂の手を突き放し、立ち上がり部屋から逃げようとしたのを、宗茂が強引に抱き寄せて、あばらをしならせるほど強く締めつけてきた。耳たぶの下に宗茂の柔らかい唇が押し当てられ、吐息が首に触れる。
突然のことに誾千代は、息が止まりそうになる。
誾千代、と耳元でささやく低い声。
胸の合わせの間に、宗茂の手が忍び込み、その先の突起に触れた瞬間、誾千代は弾かれたように軽く悲鳴をあげる。

これまで宗茂が強引に誾千代を抱こうとしたことはなかった。
抗い、声を出そうが夫婦のこと。誰も助けにこない。


――俺の子供を妊娠してくれれば。


それを理由に秀吉と会わせずに済むだろう、そんな思いが宗茂に働き、乱暴な思いを誾千代に向けさせる。




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