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稲の落胆の声に酒宴に笑いが起きた時。
宗茂は稲と一緒にいたはずの誾千代が、どうしているか気になった。
視線をさ迷わせ、誾千代を探すと、頼りなく立ち上がるところだった。
顔色が悪い。酔ったのか。
誾千代は酒が強くないのに、稲に飲まされたのだろう。
忠興は、宗茂の視線の先に気付いたのか、太閤には適当に言っておくから行けと、頬をにやりと揺らす。
忠興の妻は、あの明智光秀の娘。
詳しくは語らないが、そのために夫婦のこととなると思う部分もあるらしい。
忠興の言葉に甘えて誾千代の元へ駆け寄り、誾千代の腕を取る。
誾千代も驚きもせず、宗茂か・・・と小さく言う。
「酔ったのか?」
「少し」
珍しく素直なのは酒のせいなのだろうか?
誾千代の酔いをさまそうと、外へ連れ出す。
見張りの兵がいたるところにいる中をすり抜け、人気のない場所を見つける。
座るのに適した石を見つけ、そっと座らせ、宗茂は誾千代の顔を覗く。
すぐに顔をそらされるかと思えば、そうでもなく、じっと見つめ返してきた。
誾千代の目が潤んでおり、それに宗茂は少年のようにドキリと胸が高まった。
今、誾千代は女の顔をしている。そう思った。
吸い寄せられるように、おずおずと手を伸ばし、誾千代の頬に触れる。
頬を撫で、顎に触れ、そっと上向かせて、誰が見ているか分からないと思いつつも、誘惑に負け、口付けしようした時。
「真田殿には側室がいるらしい」
「はっ?」
くちづけようしたのを中断させられた不満をこめた声をあげる。
「もともとは、その側室が正室だったそうだが――・・・」
「あぁ・・・」
珍しい話でもない。
真田と徳川が繋がりを得る為に婚姻を結んだ。
結果、稲より身分の低い正室だった女が側室へと格下げされただけのこと。
あの稲が妻では、信幸もその側室も大変だろうと宗茂は思った。
よくある話。よく聞く話。
「それをなぜお前が気に病む?」
「――お前はなぜ側室を迎えない?」
「欲しいと思わないからだ」
「なぜ?私に遠慮しているのか?」
「なぜってお前・・・」
宗茂は、言葉を詰まらせ、数瞬の間の後。
「俺が欲しいのが、お前だけだから――他の女を欲しいと思わない」
宗茂にしたら、酒の力を借りて、勇気を持っていった言葉だったが、誾千代には届かなかったらしい。
「――・・・仮に」
太閤が他の身分ある女をお前に薦めたら?
誾千代が、そんなことを言う。
一体どうしたのだろう。
宗茂は、今の誾千代を少しもてあまし気味になる。
「それはありえないことだろう」
「絶対はない」
「今日のお前はおかしい」
「太閤は――羨ましいと言っていた。私の父のような、いかなる時でもついてくる家臣が欲しいと言っていた」
「どうしたというのだ、本当に」
「お前は――・・・」
いつも私の先を行く、ぽつりと誾千代が零す。
「どういう意味だ?」
その問いかけに誾千代は答えない。
「真田殿の側室は、幼馴染だそうだ。」
「俺たち・・・のように?」
「従姉妹でもあるらしいから、繋がりは我々より深いだろうな」
自分は何を言っているのだろう。
誾千代は、自分でもそう思いつつも、滑りはじめてしまった唇を止めることが出来ない。
幼馴染と聞いて宗茂の中にも何か思うところがあったのだろうか?
考え込むように唇を閉ざし、ただじっと誾千代を見つめている。
誾千代は肩で大きく息をし、その後、疲れたように口を閉ざした。
何か言えば言うほどに――宗茂の瞳が優しく、愛おしげに、深まっていく。
最初は――。
ただ稲に髪を伸ばさないのか、と言われたことだった。
癖の強い髪だから伸ばす気はない。
そして、稲の綺麗な黒髪を褒めた。
はにかんで喜んだ稲だったが、すぐにすっ・・・と遠い目をして、
「あやめ様―あっ、信幸様の側室なのですが、そのあやめ様に比べたら私など・・・」
そう言った。
とても綺麗な豊かな黒髪の持ち主だという。
側室がいる、ということに誾千代は驚いた。
そして、事情をにこやかに語る稲に驚き、妹のようなそんな気持ちを持っていた稲の中に、大人の女を見て衝撃を受けた。
稲は、自分よりずっとずっと大人だと思った。
従姉妹で正室だった女性を退けて自らが正室に収まったことに、いろいろな葛藤があったけれど、それらを咀嚼し、消化させることができる強い女性。
そして、その側室と仲良くしているらしい様子にくらりとした。
酔いが早まった気がした。
誾千代がそんなことを思っているなど気付きもしない稲は、誾千代を真っ直ぐに見て、
「立花様は、髪を伸ばしてみたらとても変わりそう」
ね、と近くにいた侍女の同意を求め、冗談交じりに、自らの黒髪を近づかせ、こんな風になったら別人のようでしょうねと笑った。
それからしばらくして稲付の侍女が、信幸が来ているらしいと伝えてきたのだ。
刹那の沈黙の後。
「すまない。忘れてくれ。酔っ払いの戯言だ」
誾千代はそれだけ言うのがやっとだった。
すると、宗茂に抱きしめられた。つい、誾千代は両手を広げて受け止めた。
宗茂に側室をすすめるようなことをしてきたが、いざそんな女ができたら。
身震いがした。
稲のように接することができるだろうか?
できない。そう分かった。分かったけれど――。
なのに――・・・。
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