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陽に透ける髪。瞳の色――そのまま、溶けて消えてしまいそうで目が離せない。
一瞬でも瞬きをしたら消えてしまいそうで。
稲は目の前の男を見つめたまま動けなくなる。
やがて。
ふ、と彼がこちらを振り向いた。
稲の瞳に届いたそれが、あまりに真っ直ぐな、澄んだ視線でありすぎて。
彼女は思わずドキリと胸を震わせた。
真っ直ぐに澄んだ視線は、冬の水面を思わせるような静けさだ。

けれど。

自分を見ているはずなのに、その瞳に自分は映っていない。

稲はそう感じた。

そして、息が詰まった。胸が苦しくなった。




ねぇ・・・。
私を見てください。


 ※


初めて会ったのは見合いの席。
本多忠勝の長女として生まれ、父の主君である徳川家康の養女となった稲。
真田家の嫡男、真田信幸。
このふたりの見合いの席で稲は初めて信幸に会った。

上田合戦での武勇を見込んだ忠勝と、面会した折に人物像に好感を持った
義父の家康とが、彼を取り込むがために仕組んだ見合い。
真田家にとっても徳川とのつながりを持っておくのを良しとしたのか、
稲の気持ちなどかまわずに話は薦められた。
祝言当日まで顔を合わせることはない時代。
先に見合いだけでも用意されたのは、せめてもの配慮なのかもしれない。
嫌だ、と言ったところで許されるはずもない。
諦めに近い心境で臨んだ見合い。
心密かに破談にしてやろうとすら思っていた。
なのに。
稲は、目の前の信幸を見つめる。
喋っているのは両者の父ばかり。
それでも、時折答える信幸の声音は穏やかで低く響き、言葉にも無駄がない。
口の端に笑みを浮かべて、稲に話を振ってくれる。
けれど、稲の中に感じる違和感。

――本当にこの人が・・・?

上田合戦では、勇猛な戦いぶりだったと聞いた。
圧倒的な兵数の差の中、少人数で自ら槍を手に取り戦ったという。
それに今だ負け知らずだという。
けれど、目の前の人物からは、そんなことは微塵も感じられない。

一見線が細そうにも見えるが、背丈もあり武人らしい鍛えられた体をしているのが分かる。
なのに、なぜ・・・。
なぜ儚げに感じるのだろう?

稲はついつい目が離せなくなる。
稲の視線を感じたらしい信幸の瞳が稲を捉える。
その瞬間、あまい震えが稲の全身へと走った。


けれど。

信幸の瞳に、自分は映っていない。
そんな気がした。


 ※



どうだ?


父――本多忠勝にそう言われ、稲は父を一瞥すると、

「稲が嫌だと言っても嫁がせるのでしょう?」

とぷいっと顔を反らす。
元々、信幸を気に入り、この婚姻話を持ち出したのは父だ。
けれど、一度この話は信幸の父――真田昌幸から断られている。
小さくとも大名格の真田家の嫡男と徳川の陪臣の娘では格が合わない。
そう断られた。それは稲も知っている。
けれど、忠勝は諦めず、主君である家康の提案で稲は養女となり、この縁談は進められた。

「お前が心底嫌なら――」
「嫌だなんて言っていないでしょう?!」

父の言葉は終わる前に、とっさに出た。
言ってから稲は、体温が一気に上がったのが分かった。
顔が赤く染まっているのが自分でも分かる。
そんな娘の様子に、忠勝はほっ・・・と頬を崩して満足そうにしている。
その満足そうな父に、稲は顔を赤くしたままそっぽを向く。

「信幸殿はお前を――」

稲は、ちらりと横目で父を見やる。

「可愛らしい人ですね、と言っていたぞ」


ますます体温が上がるのを稲は止めることができない。



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