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小さく整った赤い唇。長い睫。意思の強そうな漆黒の瞳。
肩のあたりも片手で抱きしめてしまえそうなほどに華奢な感じで。
確かによく見れば「少年」ではない。
宗茂は、誾千代を見ながらそう思った。
誾千代は今、宗茂の視線など気にもならないのか、宗茂の父―高橋紹運の刀に夢中になっている。父から話を聞き、目を輝かせている。
――刀なんかより。
人形とかかわいらしいものが似合いそうな顔しているのにな。
顔、だけはな。宗茂はそう思った。
あの後、立花家の応接間で正式に互いを紹介されたが、誾千代は宗茂など一度も会ったことがない。
そんな素振りだった。
儀礼的な挨拶を交わして、後は無視。
だから、宗茂も同じように応じた。
宗茂も背後を取られたことを父達に知られるのも嫌だったので好都合といえなくもないが、つい気になって何度も横目で誾千代を見てしまう。
さすがに誾千代もその視線に気づいたのか、目が合った。
「何か?」
「別に」
宗茂はなぜか内心ギクリとしながら、顔をそらした。
ふーん、と言う誾千代の視線を感じながら、平静を装う。
――扱いにくそうな女。
そう思っていると、誾千代が近づいてきたのが分かった。顔を上げると、
「あなた、強いんでしょう?父上が言ってたわ」
にっこりと微笑む誾千代に、宗茂は一瞬ドキリとする。
そんな宗茂などかまわずに、その腕に手を伸ばすと誾千代は、彼を立たせると、
「剣術の稽古に行ってきます」
と誾千代の父、立花道雪に言うと、腕をぐいぐいと引っ張る。
「――あっ・・・」
派手に転倒した誾千代に、宗茂は小さく声を上げると、急いで駆け寄った。
最初は手加減をしていた。
けれど、思いのほか誾千代は強かった。
だから、ついつい面白くなってしまい、加減を忘れた。
怒っているだろう、そう思いながら誾千代に駆け寄ったが、意外なことに彼女は笑顔だった。駆け寄った宗茂に無邪気に笑顔を向ける。
「本当に強いのね」
負けたというのに嬉しそうに笑顔を向ける誾千代に宗茂は、眉をひそめる。
怪訝そうな宗茂の様子に気づいたのか誾千代は、
「――皆、わざと負けるから」
すっ・・・と立ち上がるとそう言う。
その横顔にほんの少しの苦笑と、寂しさ、悔しさが一瞬滲んだが、すぐまたキッと強い眼差しで宗茂を見ると、
「もう一度!」
と挑んでくる。
その強気の笑顔に、宗茂も応じる。
あれから数年。
宗茂は幾度も立花家を訪れ、誾千代と剣術の稽古や遠乗りを共にした。
扱いにくそうな女。
そう思っていたけど、あまり付き合ってみれば性差を感じることもない。
けれど、ふっとした瞬間に誾千代に女を感じるのも事実。
そんなある日。
宗茂は父から改まって呼び出された。
何かバレたのだろうか。
そんなことを考えていた宗茂だったが、杞憂で終わった。
いや、もっと思いがけないことを聞かされ、言葉を失っただけだった。
「あの誾千代と・・・ですか?」
立花家の婿養子に入れ、というのだ。
宗茂は高橋家の嫡男である。その嫡男に婿にいけ、と言うのだ。
宗茂は眉をひそめて不服を父に訴える。そんな息子に、何度も断ったと高橋紹運は言う。けれど、宗茂と誾千代がうまくいっている様子と道雪からの重なる申し出に拒絶もしくくなり、また、両者にとって悪い話ではないと考えたと。
「――最初から仕組まれていたのですか?」
「先方はそうだろう」
けれど、誾千代は知らないだろう、と宗茂は思った。
誾千代は実質上、7歳から家督を継いでいる。
その誾千代と結婚するということは――。
ふいに思い出されるのは・・・。
「遠くない未来――。誾千代さまが婿を取られた時、殿が家督をその方に譲られることになったその時――どんなに武勇に長けていても、女の身ではどうしようもない。そう嘆かれる日が来るのではないでしょうか。それを思うと今から・・・」
誾千代付の侍女の言葉。
「嫌か?」
「――突然のことで驚いています」
でも、と宗茂は続ける。
「あの誾千代とやっていけるのは私ぐらいかもしれませんね」
諦めなのか自信があるのかよく分からない宗茂の口調に、紹運は苦笑を洩らす。
おそらくどちらも本音。
そして、ほんの少し滲む誾千代への想いを感じ取った。
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