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2024/11
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見知った道なのに夜は不気味だと思った。
酒宴の賑わいが聞こえるような距離なのに、時折聞こえる風の声が、生き物のように唸り、明るく照っているはずの月も雲に隠れてしまっている。
灯りぐらい持ってくれば良かった。
稲が後悔して、今来た道をそぅっと振り返ってみたその時。
背後に気配を感じた。
咄嗟に懐に常備している短刀を抜いたが、稲の身に何も起こらない。
何かの気配はあるけれど、近づいてくる気配はない。

「――・・・」

警戒を解かずに気配を探っていると、クククッと愉快そうな笑い声が聞こえた。
その声は――。

「・・・信幸さま」

信幸が、木陰からすっ・・・と姿を現した。
一瞬にして緊張が解け、稲の身体の力が一気に抜けて行った。
すると、そんな稲を支えるように信幸は、駆け寄って抱きとめる。

「来るかと思ったのですが本当にきましたね」
「もう帰ってしまったかと思いました」

拗ねたように言えば、賑やかな席は苦手でと信幸が言う。
酒宴の途中に、信幸が来ていると教えられ、急いで探しに出れば家康に、

「あぁ、急ぎの用事で来ただけでもう戻った」

と言われ、落胆の声をあげると皆に笑われた稲なのだった。
けれど、出たばかりだと聞いて、もしかしたらまだ近くにいるかもしれない、そう思って出てきてみれば、どうやら信幸は稲がこうして探しにくることなど想定内のことだったらしい。
悔しいな、と思うけれど、恨めしいとは思わない。
しばらく、ぬくもりに甘えた。
離れていた分を補うように。
いつの間にか慣れ親しんでしまったぬくもり。
最初は緊張ばかりしていたが、今では安らぎを感じる。
信幸は、子供にしてやるように右手で優しく背中を撫でながら、左手はしっかりと稲を抱きしめていた。



人気のない場所に移動して、桜の若木に背をもたれて、稲はその腕の中にすっぽりと守られて、ふたりで先ほどまで雲に隠れていた月が白く浮かぶのを見た。
ぽつりぽつり離れていた間のことを話して。

「では、これから忍城の援軍に向かわれるのですか?」
「ええ」
「この戦はいつ終わるのでしょうか・・・」
「忍城は時間をかけての水攻めのようですから長くかかるでしょう」

早く終わればいいのに、とぽつりと言う稲の髪を信幸は撫でる。
髪を撫でられながら、稲と呼ばれたので顔を上げると強引な激しいくちづけをされた。
動揺している間に、稲は身体を木に押し付けられ、抗えないように両手首を上に掴まれた。

「の、信幸さま?!」
「声は我慢してくださいね」

やっていることとは真逆のにこりとした信幸の笑顔。
片手で手首を束ねれ、上に持ち上げられた格好のまま、もう片手で器用に稲の裾を割って入ってくる手に、稲の身体はぶるりと震える。

こんな外で、こんな、このような不埒なことを――誰かに見られでもしたら。

羞恥心が胸を駆け巡るのに、拒めない。
それどころかどこかでこうして欲しいと願っていた自分がいて、それを信幸に気付かれたのではないかとさえ思った。






どんな鍛練をうけても息を乱さない稲だが、今は息が上がっている。
桜の木のふもとに座り込んで、乱れた着衣を直す。

「こんなところで、こんな不埒な・・・」

風に散らすようにぼそぼそと言う稲に、

「こんなことと言うわりにはいつもより――」
「あわわわっ」

慌てて信幸の口を稲は手で覆う。
言われなくても自分が一番分かっているのだから、稲は耳まで真っ赤に染まった顔で信幸を睨みつけるが、信幸はただ面白気に笑うだけ。
信幸といると悔しい、と思うことが多い。

「しかし、失敗しましたね」
「えっ?」
「こんなことまでする予定はなかったので後始末が」
「あああああっ!」

また信幸の口を手で覆う。
あきらかに信幸は稲の反応を楽しんでいる。
稲が、ぷいっと拗ねたように顔を背けると、

「そろそろ行かないと」

信幸が言うので、稲は拗ねていたことなど忘れたのか信幸を見る。

「もう?」
「予定よりだいぶ遅れているのですよ」
「そうですか・・・」

途端しゅんと沈み込んでしまう稲に信幸は、唇の端に苦笑を浮かべて。
それから、ふと瞳の芯をやわらかいものへと変えると、

「一緒に行きますか?」

そんなことを言う。



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