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新年を迎えた頃。
秀頼は京都伏見城から大坂城に移り、多くの諸大名はこれに従った。
けれど、家康はかねてより決めていた通り伏見に残り、政務を執った。
秀吉亡き後、昌幸も幸村も、家康の与力大名になっていた為、それに従った。
そうか、と三成は頷いた。
そのまま、しばらく岩を動かすような重苦しさで黙り込んだ。
幸村は、三成の瞳の奥を覗き込むように、真っ直ぐ視線を伸ばした。
それは受けた三成は、一瞬すっと反らしたけれど、すぐに視線を戻し、
「当然のことだろう」
と言った。
真田家が伏見の残ったことは当然のことだと三成は言ったのだ。
元々、信幸は家康に仕えていたが、昌幸、幸村は秀吉の直参待遇だった為、その死後は領地が家康と接していることや、一度は家康に従ったこともある故、与力に戻るのが自然な選択だと。
けれど、幸村は頭では分かっていても、感情がどうも追いつかないのだ。
三成と家康の関係の悪化は、もうどうしようもないと分かっている。
幸村には三成に「義」がある気がして、家康に従って伏見に残ることに抵抗感がある。
そして、何よりも、ことさらに背筋を伸ばし座り込んでいる目の前の三成が、寂しげに感じられて。
それにひどく心が痛む。
なんだかんだと文句や愚痴を言うこともあったが、言葉はきつくとも声音にはいつも親しみが感じられた子飼い時代からの仲間との関係の亀裂。
今――。
三成が本心から泣き言が言える相手がいるのだろうか?
幸村の視線を交わすようにほんの少し動いて、三成の赤い髪が揺れる。
髪がひらりとほつれていく。
「そういえば、信幸の体調が悪いようだな」
「あっ、ああ。ええ・・・」
そのことも思い出し、一層幸村の気持ちは沈む。
風邪をこじらせている、と言うがそれにしても長い。
寝込むほどではないと本人は笑うが――。
けれど――。
ほぉっと幸村は溜息を落とす。
「心配だろう?」
「もちろん。兄は体が弱いですから」
ならば、と三成が懐から包みを取り出し、差し出す。
「これは?」
「おねね様よりいただいた。忍びに伝わる薬だそうだ。」
「おねね様から・・・ですか」
「辰が体調崩したらしく、それを飲んだらすぐに回復したそうだ。毎年寒くなると勝手に送りつけてくるのだ」
秀吉亡き後、三成の娘、辰はねねの養女となった。
おしゃべりな辰がいると悲しんでいる時間がなくていいわ、とねねは笑っているという。
あっ、と信幸は小さな声を零しそうになった。
ここで会うとは思わない人物を見かけた、と思った。
伏見の徳川屋敷に加藤清正の姿があった。呼ばれて来た信幸は控えの間で、帰ろうとしているらしい清正に会った。
挨拶を交わしつつも途中、咳き込む信幸に、
「よろしければこれ」
と清正がある物を差し出す。
「おねね様より風邪に効くと貰ったものです」
毎年寒くなってくると勝手に送られてくる、と続ける。
信幸は受け取り、思わずくっと笑いを洩らす。それを不審気に見られたので、懐から同じものを出して見せる。
「三成殿からいただきました」
「三成から・・・?」
「私には、義理の叔父にあたりますので」
三成と清正の関係の悪化は信幸も知っている。
知っているけれど、素知らぬ振りをして、にこりと言う。
その信幸の笑みに、わずらわしげに眉を潜めたが、すぐにそれを退けて、
「三成が・・・」
清正は、少しの含みのある声で唸ると、その含み笑いを唇の端に引っ掛けたまま、じっと真っ直ぐに信幸を探るように見てくる。
清正が唇を動かすより早く、信幸がその視線を遮るように、けれど、穏やかな声音で、
「実は、徳川の殿からも自ら調合したという薬もいただいておりまして、どちらが効きますかね」
笑って見せる。
清正は、何も言わない。けれど、ほんの少しだけ目元が緩んだ。
その緩んだ瞳で一瞬、遠くを――過去を――見るように細めて、唇の端にまでのぼってきた何かを口にしようとしたが、そっと舐めて呑みこんだように見えた。
何と言おうとしたのか――。
なんとなく信幸にも分かった。そして、ふとその脳裏に、
「共に育った幼馴染故に、一度すれ違うと確執は深くなるのでしょう」
立花宗茂の言葉が浮かんだ。
そして、思う。
仮に――。
共に育った兄弟が、一度すれ違えば――どうなるのだろうか?
自分と幸村なら――・・・。
ほんのひとときの間、考えたが結果など出るはずもない。
現実では掴めない、まぼろしのようなことしか浮かばない。
やがて。
年が明け3月もたとうとしているのに、信幸はぐずぐずと病の衣を脱げ出せずにいる頃。
家康に対抗できる最大の勢力だった前田利家が死に、三成が襲われる事件が起きた。
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秀頼は京都伏見城から大坂城に移り、多くの諸大名はこれに従った。
けれど、家康はかねてより決めていた通り伏見に残り、政務を執った。
秀吉亡き後、昌幸も幸村も、家康の与力大名になっていた為、それに従った。
そうか、と三成は頷いた。
そのまま、しばらく岩を動かすような重苦しさで黙り込んだ。
幸村は、三成の瞳の奥を覗き込むように、真っ直ぐ視線を伸ばした。
それは受けた三成は、一瞬すっと反らしたけれど、すぐに視線を戻し、
「当然のことだろう」
と言った。
真田家が伏見の残ったことは当然のことだと三成は言ったのだ。
元々、信幸は家康に仕えていたが、昌幸、幸村は秀吉の直参待遇だった為、その死後は領地が家康と接していることや、一度は家康に従ったこともある故、与力に戻るのが自然な選択だと。
けれど、幸村は頭では分かっていても、感情がどうも追いつかないのだ。
三成と家康の関係の悪化は、もうどうしようもないと分かっている。
幸村には三成に「義」がある気がして、家康に従って伏見に残ることに抵抗感がある。
そして、何よりも、ことさらに背筋を伸ばし座り込んでいる目の前の三成が、寂しげに感じられて。
それにひどく心が痛む。
なんだかんだと文句や愚痴を言うこともあったが、言葉はきつくとも声音にはいつも親しみが感じられた子飼い時代からの仲間との関係の亀裂。
今――。
三成が本心から泣き言が言える相手がいるのだろうか?
幸村の視線を交わすようにほんの少し動いて、三成の赤い髪が揺れる。
髪がひらりとほつれていく。
「そういえば、信幸の体調が悪いようだな」
「あっ、ああ。ええ・・・」
そのことも思い出し、一層幸村の気持ちは沈む。
風邪をこじらせている、と言うがそれにしても長い。
寝込むほどではないと本人は笑うが――。
けれど――。
ほぉっと幸村は溜息を落とす。
「心配だろう?」
「もちろん。兄は体が弱いですから」
ならば、と三成が懐から包みを取り出し、差し出す。
「これは?」
「おねね様よりいただいた。忍びに伝わる薬だそうだ。」
「おねね様から・・・ですか」
「辰が体調崩したらしく、それを飲んだらすぐに回復したそうだ。毎年寒くなると勝手に送りつけてくるのだ」
秀吉亡き後、三成の娘、辰はねねの養女となった。
おしゃべりな辰がいると悲しんでいる時間がなくていいわ、とねねは笑っているという。
あっ、と信幸は小さな声を零しそうになった。
ここで会うとは思わない人物を見かけた、と思った。
伏見の徳川屋敷に加藤清正の姿があった。呼ばれて来た信幸は控えの間で、帰ろうとしているらしい清正に会った。
挨拶を交わしつつも途中、咳き込む信幸に、
「よろしければこれ」
と清正がある物を差し出す。
「おねね様より風邪に効くと貰ったものです」
毎年寒くなってくると勝手に送られてくる、と続ける。
信幸は受け取り、思わずくっと笑いを洩らす。それを不審気に見られたので、懐から同じものを出して見せる。
「三成殿からいただきました」
「三成から・・・?」
「私には、義理の叔父にあたりますので」
三成と清正の関係の悪化は信幸も知っている。
知っているけれど、素知らぬ振りをして、にこりと言う。
その信幸の笑みに、わずらわしげに眉を潜めたが、すぐにそれを退けて、
「三成が・・・」
清正は、少しの含みのある声で唸ると、その含み笑いを唇の端に引っ掛けたまま、じっと真っ直ぐに信幸を探るように見てくる。
清正が唇を動かすより早く、信幸がその視線を遮るように、けれど、穏やかな声音で、
「実は、徳川の殿からも自ら調合したという薬もいただいておりまして、どちらが効きますかね」
笑って見せる。
清正は、何も言わない。けれど、ほんの少しだけ目元が緩んだ。
その緩んだ瞳で一瞬、遠くを――過去を――見るように細めて、唇の端にまでのぼってきた何かを口にしようとしたが、そっと舐めて呑みこんだように見えた。
何と言おうとしたのか――。
なんとなく信幸にも分かった。そして、ふとその脳裏に、
「共に育った幼馴染故に、一度すれ違うと確執は深くなるのでしょう」
立花宗茂の言葉が浮かんだ。
そして、思う。
仮に――。
共に育った兄弟が、一度すれ違えば――どうなるのだろうか?
自分と幸村なら――・・・。
ほんのひとときの間、考えたが結果など出るはずもない。
現実では掴めない、まぼろしのようなことしか浮かばない。
やがて。
年が明け3月もたとうとしているのに、信幸はぐずぐずと病の衣を脱げ出せずにいる頃。
家康に対抗できる最大の勢力だった前田利家が死に、三成が襲われる事件が起きた。
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