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幹はまだ花を咲かせることができる。

兄はそう言った。



 ※


西軍が敗れ、石田三成が処刑されたことを幸村は、上田の地で知った。
父も自分も、という覚悟があったが、生かされることとなった。
流刑となるだろうが場所はまだ未定。信之が己の監視下を希望しているが、それは叶わないだろう。
命乞いが通ってだけでも、かなりの温情なのだ。
くのいちが仕入れてきた話では、

「生かしておいては、戦場で死んだ者に示しがつきません」
「真田の血、ここで絶やさねば禍根となりましょう」

藤堂高虎がそう言ったらしい。
それでも信之は、父と弟の命乞いを舅である本多忠勝、稲の口添いを得て行い、許された。

幸村はそれを聞いて、兄によって生かされるのか、と不思議な気持ちとなり、それは兄が幹だからのだろうかと考える。
そしてふと思い出されるのは子供の頃の兄との思い出。

いつからだろう?
兄が鍛錬で本気で向き合ってくれなくなったのは?
脳裏に蘇る「幸村」と呼びかけてくる兄の声は、まだ高く。声変わりする前のもの。
瞑った瞼の暗闇の中に、ふと白い物が浮かんだような気がして、あの頃咲いていた桜かと思えば、それは徐々に広がり、瞼を開いて陽の光であることを知る。
ずっと締め切っていた襖が開かれていた。
上田城の一室。幸村はぼんやりと考え事をしていた。

「寝ていたのか?」

いつの間にかいた父、昌幸が、襖を開けたらしい。

「しかしまぁ、信之は何を考えているのか分からん」
「え?」

唐突に云われて、意味が分からないと眉を潜めると、

「三成からの書状をすべて渡せ、と文がきた」
「…焼き捨てるつもりなのでは?父上は処分しないだろうから」
「そうとは思えないがな」

にやりと昌幸が笑う。
その笑いはまるで蔑んでいるようにも見えて――蔑むという行為を楽しんでいるようにも見える。

――この戦に勝ち、豊臣の世になったなら、その治世を見るだろう信之の目がなくなると思えば、安堵する

三成の言葉が思い出される。

家康の目には、兄はどう映っているのだろう?
家康が、信之を信頼しているのは感じていた。それまでの信頼もあり、幸村は自分は生かれるのだろうと分かってもいる。

兄は言った。

――武田や織田の行く末を思い出せ。家がなくなればもののふですらない。

真田の家は兄が残した。
ならば私はまだもののふなのか?

――三成につけば死ぬと言っている。

私は生きている。

幸村は、拳を強く握っていた。


 ※


関ヶ原の後。
信之には沼田二万七千石、上田三万八千石、その他小県三万石が与えられた。


沼田城の一室。
父、昌幸と城の開け渡しについてのやりとりをしつつ、幸村にはそのついででも文を出せずにいた。
かつて信玄が信之に「どこまでもまっすぐ…己の信念に死す男よ。」と幸村を評した。
その幸村は今の状況をどう感じ、生きているのだろうか?

信之は、花押も家康に合わせ宗朝様に変えた。

変えた花押を見るにつけ、自分の変化を幸村はどう受け止めるのだろう、と考える。
守ると決めた弟。
ふと書状を書いていた手を止めれば、小さな足音が近づいてくるのが分かった。

「父上!」

声と同時に部屋に飛び込んできたのは息子の孫六郎。

「鍛錬してください!」

忙しくなかなか沼田にいることのなかった父がいるのが嬉しいのか、張り切って大声をあげてせがんでくる。
そんな息子に目の端が緩み、そして、幸村の子供の頃が思い出される。
息子に手を引かれるように立ち上がり、ふと庭を見れば、白萩が咲いていた。

風に舞う白萩。白い花が風にそよぐ。

「孫六郎、お前の叔父上とよく一緒に鍛錬をしたよ」

あの時、咲いていたのは薄紅色の桜。

「叔父上には今度いつ会えるのでしょうか?」

無邪気な息子の問いに、信之は微笑みながらその頭を撫でる。

「叔父上のことを、よく覚えておきなさい」

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