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「昌幸のところの息子ふたりみたいだな」

桜を指さして、勝頼が言う。
言われても昌幸は意味が分からずに、指差された先を見れば、桜の幹にぴたりとくっついて咲く桜。
枝ではなく幹に咲く桜。

「胴吹き桜というらしいな」
「これがうちの息子たちですか?」
「いつも一緒だと言っていた。昌幸の息子ふたりも我が父上と信繁叔父上のようになるのかもしれないな」
「・・・さぁ、どうでしょう」
「兄に寄り沿うように咲く弟か」

遠いものを見つめるように目を細めた勝頼の横顔を、昌幸は真っ直ぐに見つめる。
異母兄の義信のことを思い浮かべているのだろうと思った。
本来ならば勝頼は、義信を支える側の身であり、花のように幹に沿うつもりだったのだろう。
けれど、義信の廃嫡、そして死去はもう前のこと。

「散る儚さも、幹の力強さもまた宿命か」
「桜は散ります。けれど、また咲きます。毎年それを繰り返して、見事に咲く。それも宿命。幹から生えた細い枝からの挿し木は桜は難しいそうですが、可能といいます。難しい局面で見事に枝から幹へとなった桜は力強いものとなるでしょう」
「・・・そうだな」

幹になるつもりのなかった勝頼だが、きっと力強い花を咲かす幹となるだろう。
そして、昌幸はそれに沿うように咲く花となりたい。
また、息子ふたりを思い浮かべつつ、娘の「あのふたりはいつも一緒ですもの」という声を思い出す。
あの時、信之は勝頼に声をかけられて、

「兄上を失われておつらいでしょうに、優しくしてくださいました」

と言った。
どうしたのかと問う弟の幸村に、

「…ゆえあって遠くにゆかれたのだ」

と答えていた。幸村はそれを受けて、

「我ら兄弟は、そのようなことありませんよね。ずっと一緒です」

力強く言った。
そんな息子ふたりは心強くもあり、けれど、この乱世どうなるか見えない道が兄弟をどう巻き込んでいくのか、父としては複雑な思いをしたが、今はそんなことより、


「ご用件は?」

急に呼ばれたのだ。
勝頼からの使者に呼ばれて、会いに来たのだ。
何かあったのかとはやる気持ちを抑えて尋ねれば、勝頼はその頬に笑みを浮かべて、

「本当にただ友の顔を見たくなっただけだ」

と言う。
その微笑みは以前と違い、他意はなさそうな上に、あまりに嬉しそうな微笑みを真っ直ぐに向けてくるから、昌幸はそれを受け止めかねて、一瞬ひるんだものの、すぐに、

「それは望外の幸せ」

と答える。
勝頼はそんな昌幸をどこか楽しそうに見ながら、桜を指さして、

「桜を見ながら飲もう。昌幸の子供らも呼ぼうか」

と家臣に言うのを昌幸が制する。

「まだ未熟な幹とも花ともならぬ息子たちです。今宵は我らだけで」
「そうだな」

酒の用意をするように家臣に言いつける勝頼を見ながら、昌幸は思う。


―――もし。


もし幹が枯れるのなら、花も同時に。


そうありたい。


 ※

人払いをしてふたりきり。

縁に座ってふたりで桜を見ながら、酒を飲んでいると。

「昌幸」

いつもより熱のこもった声で呼ばれた。飲み過ぎかと思って勝頼を見れば、苦しそうな表情で真っ直ぐに見てくる。

「飲み過ぎたのでは」

大丈夫なのかと手を伸ばせば、その手を握られた。

「私は今はまだ、父上を支える枝で、花で」
「・・・」
「いつかはきっと、お前が言ったように、難しくとも枝から幹となる」
「はい」
「だから、一緒にいてくれ。お前の息子ふたりのようにずっと一緒に」

握られた手を握り返して、そして。

「いつまでも、ご一緒に」

昌幸の返事に、勝頼は子供のように嬉しそうに邪気のない微笑みを浮かべて、ありがとうと小さく言う。
そのまま、片手を重ねながら、杯を重ねて。

ささやかな風が散らした桜の花びらが、地面に散る。

散った桜は、ふと舞った一風強い風に吹き飛ばされて、ふたりの上を舞う。


 

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