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2024/11
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城の受け渡しが間近な頃、上田城内の庭に子供の声が響いていた。
「もう一度!」と勇んでくる甥に幸村は、その頬に笑みが自然と浮かんでしまう。
甥の鍛錬に付き合ってやりながら、やられても転んでも何度も何度も挑んでくるその姿に、ふと過ぎ去りし子供の頃の光景が浮かぶのは当然のこと。

―――兄上もこんな気持ちだったのだろうか?


甥の孫六郎は稲に付き添われて、上田城にやってきた。
九度山への流謫が決まった為、その前に昌幸と幸村に会わせておこうということなのだろう。

「叔父上、もう一度!!」
「もういい加減にしなさい。泥まみれじゃないの」

母-稲に云われて、孫六郎は頬を膨らましてむくれる。
見た目は髪の色が黒いくらいで兄に似ているが、性格はそうでもないのか?子供の頃の兄がこんなことをする様子は見たことがなかった。
つい兄と甥を照らし合せてしまうのは仕方がないと思いつつ、その頬をつついてみれば、余計にむくれたのか唇を尖らせてしまう。


「兄上と―――」

言いかけて気付く。
兄はすぐ下に自分がいたから、自然と兄らしくしようと、子供らしいことなどが出来なかったのではないか?
孫六郎も下に弟がいるが、自分たち兄弟よりは離れている。子供の頃の1、2歳の差は大きい。今回は下の弟は幼すぎる故に来ていない。
甥を見ていると「お前の勝ちだ」そう言った兄の声がふと聞こえてくるような気がする。


「ねぇ、叔父上」

孫六郎がその手にしがみついてくる。なので抱き上げる。
もう風は冷たく、触れた甥の体は動いたために温かいが、汗が冷えればすぐに風邪を引いてしまうだろう。

「母上の言うとおりだ。もう陽もくれる。風呂にいれてやろう」
「でも」


甥のせがんでくる声に苦笑が洩れる。昔の自分のようだ。

「父上が、叔父上にしっかり稽古をしてもらいなさいって言ったもん」
「兄上が?」

あまり父親をしている兄を見たことがない為、不思議な気もする。
稲を見れば、その頬に笑みを浮かべてはいるものの、その瞳は沈んでいて、同情と憐みが浮かんでいる。目が合えばするり反らされる。
ふたりが上田城に来た時、信之からの書状を携えてきていた。それを読んだ昌幸はすぐに幸村にそれを渡してきた。

「・・・何ですかね」
「何か焦ってるのか?」

幸村にではなく、稲に昌幸は言うが、稲は首を傾げて「何が書かれているのか私は知りませんので」と答える。

「・・・まぁ、孫にもう会えないかもしれない父上を思ってではないでしょうか?」
「思い出作りか?」

昌幸が笑う。ひとしきり笑った後に孫に手を伸ばして抱き上げていた。
書状は息子に昌幸、幸村自ら色々と教えてやってくれ、というもの。あとは業務連絡のみ。


「叔父上」


書状の内容を思い出していたが甥に呼ばれて、かかえ直す。
まだ自分たちが甥くらいの頃には、兄弟は別れることとなど露ほどにも考えていなかった。
甥の重みに、兄が真田家とは別のものも背負っているのだと思わされる。

 

 ※

「大丈夫ですか?」

そう問われて信之は、そう言ってきた井伊直政を見て、

「大丈夫ですか?」

同じ言葉を返せば、苦笑される。関ヶ原で怪我を負った直政は、腕に包帯を巻いている。
直政は信之から受け取った書状を見る。減刑のお願いの書状。
渡したそれをあまりにじっと見つめていた為に、直政に心配されたのだ。


「折りを見て殿には話してみますが」
「命を助けていただいただけでも寛大なお心とは思っております。しばらく時間をおいてお願い致します」
「幸村殿ほどの武将がこのまま、というのも勿体ない話ではありますが・・・」
「・・・」

信之が黙ったのに、付き合うように直政も唇を閉ざしたが、しばらくして。

「三成につけば死ぬ、と弟に言いました」
「・・・」
「けれど、それが本望と言われ。正直、弟をどうしたらいいのか分からない」
「私にそんなことを言っていいのですか?」
「だめでしょうね」

ははっと直政は、力なく笑うと、

「石田三成が捕らわれた後、その面倒を私が任されました」

と言う。

「あの男は最期の時まで諦めなかった。首を斬られるその瞬間まで―――」
「そう・・・ですか」
「親しくされてましたが」
「義理の叔父にあたり、また弟と三成が親しく、その縁で私も…。ただ私には見えなかった」
「何がですか?」
「永に続く豊臣の世が」
「・・・」
「三成は最期まで諦めなかったということですが、弟はどうでしょうかね。勝ち目のない友を見捨て、強者に寝返るのかと私に言ってきた弟は」

受け取った書状を、直政は再度手に取り、じっと見つめる。
信之はどのような気持ちを抱えてこれをしたためたのだろうと思っていると、


「真田の血、ここで絶やさねば禍根となると、直政殿も思われますか?」


ゆらりと微笑んで、信之がそんなことを言う。

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